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人聾ゲーム 参加者①視点

私は船のモーターの振動を感じながら、青空を見上げている。荒々しく冷たい風が容赦なく私の身体を撫でまわし、コートの襟首を直しながら身を縮めた。

もうすぐ12月になるという時期に、船に乗るのはおかしいと何度も思っている。手話リノベルズが手配した船には、他の参加者たちも同乗しているが全員無言である。ちらほらと視線で探り合うような何とも異様な風景。出発前にスタッフの指示で「島につくまで参加者同士の会話は控えてください」と周知されているからだ。これもゲームの趣旨を考えるとやむを得ない。

さて、私の名前は伏せておこう。何故なら【偽聾者】役を担当しているからだ。

もう1人の【偽聾者】がいることは知っているが、その人の名前を事前に教えてもらっているだけで、特に他の情報はもらっていない。ゲームが開始するまでに下手に動かない方がいいだろう。ちらっと参加者たちを見た感じ、年齢も性別も様々。全員初対面同士なのは間違いないだろう。『ろう者』という狭いカテゴリーで、初対面の人だけを集めるのはとても大変だっただろう。

個人的にはゲームを楽しむというよりも、報酬と賞金が欲しい気持ちの方が強い。故に、協力者であるもう1人の【偽聾者】がどこまでうまく立ち回ってくれるのか多少不安である。

船のスピードが次第に緩やかになった。もう少しで着きそうな気配。ふと前方を見たら、水平線の上にポツンと緑色のかたまりのようなものが見えた。ようやくゲーム会場である、『九重島』(ここのえじま)だ。


続く


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