木くん
6月も末だっただろうか。
息子が公園で枝を拾った。
何の変哲もないその枝を、何故か彼は大事に抱えて家に連れて帰った。
「公園で拾ったの、お家に入れて欲しくないなぁ。ばっちいから」と眉をひそめる母に対し、4歳の息子は、まずその枝をお風呂で丁寧に洗うことから始めた。
タオルで丁寧に拭かれたソレに、息子は麦茶をコップに入れて、
「のど乾いたね。はい、どーじょ」と飲ませる真似をし、レゴで作った家に招き入れた。
そのまま、どこまで遊ぶかと思いきや、流石4歳児。
速攻で違う玩具に夢中になり、その辺にポイっと枝を放り投げる。
(まあ、そうだよね・・・)
少し呆れながらも、枝をポイっとゴミ箱に放り投げる母。
「あれ?木くんは!?」
・・・・なぜかすぐにバレた。
「木くん?」
さっきの枝のことだよな・・・と思いつつ、息子に聞き返す。
「うん。木くん。どこ?」
「えーっと、どこかなぁ?あ、そっちの玩具の箱見てごらんよ」
『ゴミ箱に捨てました」とは言えず、視線誘導している内にそっと拾い上げる。
「あ。ここにあったよー!木くん、お散歩してたのかな?」
わざとらしい声を出して、息子に手渡すと、彼は大事そうに枝を両手に乗せた。
「その子、木くんって言うの?」
「うん。そう。木くんはね、昔はニンゲンだったんだよ」
「え・・・」
(前世にどんな所業をしたら、枝に生まれ変わるのか)
私のそんな思いなぞ露も知らぬ息子は、再びレゴのお家に枝を招き入れ、幻の人格を乗せて遊び始めるのだった。
その日から、「木くん」との生活が始まった。
「木くん。おはよー」
「木くん。ごはんだよ」
「いってきます」
「ただいま」
私にはただの枝にしか見えないのに、息子はそれはそれは大事に扱った。
朝起きてから夜寝るまで、ずっと一緒のソレは、買ったどんな玩具よりも大事なようだった。
(ニンゲンだった木くんは、どんな人だったのかな)
何の因果か知らないが、我が家に来た木くん。
大事にしている割に扱いが雑な息子なので、床に転がった木くんを失くさぬように棚に置いて、思いをはせる。
(もしかしたら、悪い人では無いのかも)
息子が起きたら、聞いてみよう。
どんな突拍子もない物語を聞かせてくれるか、楽しみだ。
「あれ?木くんは?」
そういえば、息子は木くんを話題に出さなくなったな、と気づいたある日のこと。
棚に置いておいたソレは、姿を消していた。
どこかに持って行ったのかと思い、息子に尋ねてみる。
彼は、私の問いかけに、きょとん、として呟いた。
「木くん・・・・・・・だれ?」
幻を見たのは、どっちだったんだろう。
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