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喫茶店から見た外の景色

営業職だから外に出る機会が多く、さらに真夏の太陽がギラギラと照り付けるようなこの季節は、こまめに水分を補給しなければいけないから、自動販売機や、時間があれば喫茶店に入って身体を落ち着かせることが増えてくる。季節柄仕様のないことなのであるから、会社としてもその休憩は必須であるとして、認めざるを得ない状況なのだ。

そういう訳で、今日もタカオは行きつけの喫茶店の駐車場に車を流し込んだ。今年はルートセールスがメインで、ほぼ決まったところを回る業務だから自分の中で気持ちの良いルートというものが出来上がってくる。そしてここの喫茶店は前から気になっていたのだが、機会がなく訪れることが無かった。
ここ、ドライカレーがめちゃくちゃうまいのよ、とタバコ仲間である同僚のヨシコちゃんと呼ばれる60手前のオバちゃんから聞いた時は、いつになったらここに来ることができるのかと夢にまで見たほどであった。

やがて時は経ち、同僚といくつかのクライアントをシャッフルすることになり、俺は心の中で静かに歓喜した。例の喫茶店を真ん中に挟み、クライアントを結ぶルートが自然に浮かんできたのだ。
とうとうあの店でランチができる。俺はそのことをヨシコちゃんに報告し、ヨシコちゃんは「そんなこと覚えててくれたの?!」と違う感動に浸り、そして俺は満を持してその喫茶店に入ったのだ。

カラン、と扉が開く。
少々強めの冷房。願っていた通りだ。俺は少しだけネクタイを緩める。
店内を見渡すと、同じようにルートセールスをしている営業職の人間や、工事業者や大工などのガテン系など、男性が多いように思えた。

「こちらへどうぞー」と店員の女性から声をかけられる。若そうな女性だった。ちょっと好みだな、と思いつつも俺の気分はドライカレーの期待で胸がいっぱいだったので、女性のことはほとんど記憶に残っていなかった。

カウンターの端っこへと通される。
いらっしゃいませー、という声と共に水と、黄色いおしぼりが置かれる。おしぼりはキンキンに冷えていた。思わず顔を拭くと、さっきの店員が俺のその仕草をそっと見ていた。

あ、すいません、ドライカレーひとつください。大盛りで。

というと店員は、

トッピングどうします?と聞いてきた。

そこで俺は初めてメニューを見た。トッピングというのは皿にサラダを盛り、そして真ん中に生卵の卵黄だけを乗せるというものだった。うまそうだ。生唾を飲んだ。

そこで周りを見渡すとほとんどの客が、トッピングを頼んでいるようだったので、俺はそのことをぼんやりと店員に話し、

店員は、そうですね、と言いながら首を小指で掻き、お願いします、という俺の声を聞くと、はい、わかりましたー、と少しだけ語尾を伸ばしながら何かを書き込んだ。店員の首にはキスマークのようなものが見えた。

そのまま店員が消えた風景の先に、窓から見える夏空が見え、キスマークと同じような形をした雲が浮かんでいた。

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