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一瞬の沈黙

彼女からの着信だと気づいた瞬間、

それは本当に一瞬だったが、その瞬間に、「あぁ、俺たちの恋が終わる」となにか悟ったような、達観したような心境を抱いていた。

彼女と過ごした一年数ヶ月は俺の生き方を肯定してくれるようで、もともと悲観的な価値観を持つ俺は、もしかしたら彼女なしではこの一年数ヶ月を「生きていて良かった」と思うことはできなかったかもしれない。それくらいインパクトの強い恋愛をしていた。

多分それは自分勝手な、彼女と付き合っているという立場から申し上げるのはちょっと違うのかもしれないが、俺の片思いで、彼女からしてみるとそれほど重要に感じていなかったかもしれないのだ。恋の重さなんて人それぞれで、お互いが同じような重さを感じていることなんて皆無なんだから、だからこそ、どっちかが縋るような恋をしてしまうのだろう。

相思相愛というのはおそらく宝くじと同じくらいの確率で、ほとんどの人は愛情を注ぐ度合いのギャップに悩まされている。むしろ、それは普通なのだ。アダムとイヴですら、相手を思いやる気持ちに差があったのだろう、と個人的には考えている。
「こっちはこんなに愛しているのに!」(向こうは私のこと、同じくらい愛してくれていない!)
「こっちは家族のためにこんなにもたくさんのお金を稼いできているのに!」(家族は俺のこと、そこまでリスペクトしていない!)

結局は自分が注いだ愛情のコストを、リターンすることが前提で恋愛が成り立っていると考えている人がとても多い。

本来、そういう、ギブアンドテイクで成り立つものではないはずなのに。

相手のことを好き、と考えるのは自己満足だ。相手が自分のことを好きかどうかはさておいて、自分の生きたいように生きるという人生の目的を考えると、自分がその人のことを好き!と言える環境はむしろ恵まれていて、そういう場合は前面に出すべきであろう。

そんなアピールをして、俺は彼女に「付き合ってもいいよ」という言葉を発するように仕向けることに成功し、そして人生を肯定する時間を手に入れることができた。

ただ、結局ただの片思いだったせいか、彼女は俺に対して「飽きてきた」という感情を抱くのが早かった。それを加齢と呼ぶのであれば、アンチエイジングのやり方を教えてほしかった。俺は彼女がだんだん俺に飽きてくるのを止めることができず、時間の流れるまま俺は彼女が俺にLINEをしてくる回数が減るのを責められず、ただ、高校の卒業を待つばかりだった。

そんな気持ちだったから、彼女からの電話は、多分別れを告げる電話だろうなと容易に察することができた。
そして、話しだした時、意を決した彼女が放った言葉が「もう別れたい」だったのだが、その言葉が発せられる直前、わずか一秒未満であったが、彼女は少しだけ沈黙を作ったのだった。

それはもしかしたら彼女が俺に対してなにか思うことがあったのかもしれない。
俺は恋愛経験に乏しい、魅力のない男だから、彼女の真意を100%推し量ることはできない、だが、彼女の性格を考えると、おそらく言いづらいことを言わなければいけない、というマインドを持っていたために、あの沈黙が生まれてしまったのではないだろうか。

そんなことを考えていると、不意に彼女が使っていた整髪料の匂いがどこからともなく俺の鼻孔をくすぐり、それが妙に心地良くて、無意識に涙が出た。恋が、終わったのだ。

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