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日本の恋と、ユーミンと、僕。

立冬を過ぎ、北海道での降雪のニュースが流れ、日本全体が冬へと支度している今日この頃。私は、冬になると必ず思い出す光景があります。

私が大学受験に励んでいた、ある真冬の日、厳しい寒さにより前の晩から雪が降り続き、朝には数㎝ながらも、積もってしまいました。
私が育った街では、そもそも降雪自体少なかったため、大騒ぎになりましたが、受験生には関係ありません。私は参考書を買うため、駅前ビルの高層階にある、大きな本屋に行きました。
その本屋は、高層階にあることから、展望スペース付のカフェが併設されており、本屋からでも街を一望できたのですが……。
そこから見た光景で、「かんらん車だ」と、反射的にユーミンの歌を思い浮かべたのです。

いつしか雪が 静かに舞いながら
チャコールの下界へと 流れて
 ――かんらん車 作詞曲:松任谷由実(1978年)

雪に沈んだ街を見下ろすと、なんとなくイメージするような、白い世界にはならない。視界のすべてが灰色の濃淡でした。
それが、「チャコールの下界」という歌詞にぴったり結びつき、未だに忘れられないのです。
この「かんらん車」は、失恋に傷ついた主人公が、雪の日に、一人寂しく観覧車に佇む歌で、受験に励んでいた当時の私には結びつかない状況ではありましたが、私は、ユーミンの歌を「風景」として、捉えていました。

因みに、ユーミンへのインタビューをまとめたエッセイ「ルージュの伝言」では、自身の歌詞について、伝えたい風景があり、それを聞いてもらうためにストーリーを付ける、という趣旨のことを話されています。
事実、「かんらん車」も、失恋ではなく、芸大の受験に落ち、傷心だった時の情景から、できたものだとか(当時の私にとっては、若干縁起の悪い歌だったのですね)。

***

ユーミンの歌詞は、状況や人物を説明しすぎず、印象的な風景を抜き出してくれるので、リスナーが心地よく歌詞の世界を想像できるのです。
……と、書くと仰々しいのですが、仕組はどうあれ、のびのびと想像力を開放できるからこそ、私はユーミンが好きです。
特にこの歌は、どっぷりと想像の世界へと誘います。

沈んでゆく 夜の海に溶けてゆくように
消えかかる 月の明かり かすかな記憶

やがて 薔薇色の朝になり あなたはささやくのよ
哀しい夢だったと

 ――人魚姫の夢 作詞曲:松任谷由実(2007年)

ユーミン渾身の大規模ツアー「SHANGRILA3 ~A DREAM OF DOLPHIN」にて、ヴィルジニー・デデュー氏と武田美保氏による、アーティスティックスイミングとともに披露された、「人魚姫の夢」という歌です。
恋人との別離に悲しむ主人公が見た暗い海原と、恋人の腕の中で迎える朝。
主人公の内側にある幻想さえも、ありありと眼前に広がるような描写は、まさにユーミンの真骨頂だと思っています。
こうした例を挙げていけば、きりがないのですが、ユーミンの歌の世界には、紺碧の海を見下ろす白亜の街並みや、砂埃舞うアフリカの大地……といった、今私がいるここじゃないどこか、があふれています。

中学・高校と、家と学校の往復に少しの勉強を混ぜただけの私の世界は、退屈でしたが、かといってグレたり絶望するほどでもなく、とても窮屈でした。
そんな窮屈な私がいる世界を少し離れれば、まったく別の世界・風景が待っていると、気軽に考えられるようになったのは、ユーミンのおかげです。

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さて、私がユーミンを追いかけ始め、30枚以上のオリジナルアルバムをそれなりに制覇した2012年、ユーミンはデビュー40周年を迎えました。
その記念として、オールタイムベストアルバム「日本の恋と、ユーミンと。」が発売され、ミリオンセールスを記録しました。
さらに、このアルバムの売り上げにより、女性アーティストとしては初めて、アルバム総売り上げが3000万枚を突破しました。
まさに、前人未踏の領域です。
このCDのタイトルどおり、「日本の恋」に寄り添い続けたユーミンだからこそ、多くの人に共感され、支持されているのだと思います。
ユーミンの歌の主人公はあなた自身だと、ユーミン本人もおっしゃっています。

ただ、私はというと、相も変わらず恋愛とは無縁で、中々歌詞に「共感」とまではいきません。
恐らく私は、ベストアルバムを購入した100万人の中でも、ややはみ出しものな存在かもしれません。
それでも、ユーミンの歌は、私にまだ見ぬ世界を教えてくれていますし、親子でコンサートにでかける、なんていう稀有な経験もできました。
また、「かんらん車」のように、私がユーミンの歌詞の世界に、少しだけ重なる日を楽しみにしながら、いつまでも推していきたいのです。
これからも、どうぞよろしくお願いします。

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