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趣味のデータ分析034_子どもを持つということ①_希望の水準が下がってる

「希望出生率」という言葉をご存知だろうか?多分一般に広く表明されたのは、2015年11月の「1億総活躍社会」政策のお披露目の際で、その後正式に政府施策の文言としても利用されるようになった言葉である。

最近はそもそも1億総活躍という言葉自体が消えてしまったので、それとともになんとなく使われなくなっている感じだが、厚労省は多分その看板を明示的には下ろしていない。
個人的に、当初色々な意味でとてつもない違和感を覚えたのだが、久々に調べてみたら、この数字、若干リバイス…というかめっちゃ下方修正されているイキフンがあり、元々少子化ネタをデータ分析したかったところ、まずはこの希望出生率なる数字を調べてみたいと思う。

希望出生率とはなにか?

希望出生率とは「国民の希望が叶った場合の出生率」で、具体的には、結婚したい人がみな結婚し、結婚した人が望んだ数の子どもに恵まれた場合の出生率を指す、らしい。数式的には、

希望出生率={既婚者割合×夫婦の予定子ども数+未婚者割合×未婚結婚希望割合×理想子ども数}×離別等効果

平成29年10月6日社会保障審議会児童部会 参考資料2

というもの。2012年時点の数字は1.8である。
考え方的には完結出生率=「結婚持続期間15~19年の夫婦の平均出生子ども数」にやや近いだろうか?一般によく使われる合計特殊出生率ともやや定義が異なるので、単純比較は微妙なのだが、ともかく「合計特殊出生率を希望出生率水準まで高めよう」というのが、当時の政府目標とされた。
ちなみにだが、この「国民が希望しただけ子どもを生んだときの出生率」という考え方自体はもっと古く、2007年の内閣府の審議会の中で提唱されている。当時の数字は1.75だったらしいので、そこから8年経過した2015年になって、何故か1億総活躍云々の文脈で蘇り、そしていつの間にかまた死に体になっている、という状況のようだ。2007年の発案者が、2015年当時には官邸に近いところにいたのだろうか?ともあれ、ゾンビなのかどうかすらよく分からない政策目標である。

まあ、この政策目標が妥当かどうかとか達成できそうにないとかそういうことはどうでもよろしい。重要なのは、(政府発表のKPIにしては珍しく)定義が平易かつ明確であり、時系列で計算が可能ということだ。というわけで、関係する指標群と一緒に、分析していこう。

希望出生率の推移

では早速結論めくが、希望出生率と、その構成要素、そして比較対象として合計特殊出生率、完結出生児数を1980年から並べてみよう。データの詳細については末尾。

図1:希望出生率および関係指標の推移
(出所:出生動向基本調査、国勢調査)

希望出生率は、1980年から緩やかに減少傾向にあるが、2000年以降1.8人程度で安定していた。1億総活躍社会政策の検討に際しても、これを踏まえてKPIになったのだろう。しかし、2020年になると、1.55まで大幅に減少した。コロナ禍の影響は間違いなくあるだろうが、ここから増えると楽観できる状況では全く無いのも事実だろう。
ほかに分かる点としては、以下の4点が挙げられる。
・既婚も未婚も、予定/理想の子ども数は2.2程度から2.0くらいまで緩やかに減少しているが、大きな差はない(2020年除く)。
・完結出生児数も漸減しているが、2020年でも水準は1.9。合計特殊出生率の動きとはパラレルではない。
・既婚率は逓減し、それに反して未婚率がずっと増加している。
・未婚の結婚願望率は90%前後で概ね安定して推移している(2020年除く)。

さて、上の数式を入れば分かる通り、希望出生率は、原則既婚者と未婚者それぞれの予定/理想の子供の数から算出する。というわけで、次に要因分解に進もう。

図2:希望出生率変化の既婚者側と未婚者側の寄与の推移
(出所:出生動向基本調査、国勢調査)

図2は、希望出生率を既婚者側=(既婚者割合×夫婦の予定子ども数)×離別等効果と、未婚者側=(未婚者割合×未婚結婚希望割合×理想子ども数)×離別等効果に分け、希望出生率の前期差との寄与度として示したものである。
図1のとおり、既婚者割合は逓減、未婚者割合は逓増しているので、既婚者側は総じてマイナスに効いているのだが、2020年は未婚者側の減少がそれ以前と比べても極めて大きい。

次に、既婚者と未婚者の子持ち願望の差を確認したい。図1では、未婚者の結婚願望と理想子ども数が分離していたので、そこを考慮して示そう。

図3:既婚未婚の希望子ども数の差と、希望出生率と合計特殊出生率との差
(出所:出生動向基本調査、国勢調査)

図3で見ると、既婚者の予定子ども数は安定して漸減している一方で、未婚者の結婚希望率×子ども希望数(以降、「未婚子ども希望数」)はやや変動があり、既婚未婚の差分にもそれが現れている。やはり、2020年の未婚者希望は1.5人まで下がっており、減少が大きい。

では、希望出生率と合計特殊出生率の差を見てみよう。総じて合計特殊出生率のほうが低いので、これらの差の変化が、「希望出生率の減少」によるのか、「合計特殊出生率の増加」のいずれによるかも確認する。

図4:希望出生率と合計特殊出生率の変化と差分
(出所:出生動向基本調査、国勢調査)

ちょっと分かりにくいのだが、灰色が希望出生率と合計特殊出生率の差である。特に2000年以降は差が詰まっており、2010年、2015年と合計特殊出生率の増加が主な効果だが、2020年は完全に希望出生率の低下のために差が縮まっている。むしろ、合計特殊出生率が低下している状況にも関わらず、それを上回る勢いで希望出生率が低下したため、結果的に差が縮まった形だ。

最後に、既婚・未婚の予定/希望子ども数、希望出生率と、完結出生児数の差を見てみよう。上で少し触れたとおり、希望出生率は完結出生児数と近い概念である。そして、希望の子ども数と完結出生児数の差は、夫婦が期待する数の子どもを現実に得られているか、というだけでなく、まだ子どもを産みきっていない夫婦や未婚者の、子ども数に関する理想と現実の差を示しているともいえる。
この点で注意したいのが、完結出生児数は結婚15~19年目の夫婦が生んだ子どもの数であり、大体40~50歳くらいの女性が該当するということ、そして特に未婚者理想子ども数の対象は34歳までの女性が対象となっていることだ。2020年においては、前者は概ね1970~1980年頃生まれ、後者は1985年以降生まれの女性であり、世代的な意味で考え方などが大きく異なる可能性があるということだ。

図5:未婚・既婚の希望子ども数や希望出生率と、完結出生児数との差
(出所:出生動向基本調査、国勢調査)

さて、この差分を見たのが図5である。完結出生児数を引く数にしている、つまり、グラフの上(正の範囲)であれば、予定/理想の子供の数が現実より多い、つまり現実は予定/理想より厳しい、ということになる。逆にこれが負の範囲ということは、現実より予定/理想の方が少ない、つまり予定/理想の水準がもはや低いということを示す(望まれない子どもの数が多いということでもある)。
で、これを見ると、既婚者は正の範囲にある、つまり必ずしも求める子供の数を得られていないことが分かる。まあこれは現実に色々な問題があるから仕方ない部分はあるだろう。しかし、未婚理想子ども数(青)と希望出生率(オレンジ)は完全にマイナス圏内である(なお、希望出生率は離別等効果を含むので、未婚理想子ども数より少なくなることがある)。
さらにこれは、結婚希望率の低下だけではなく、結婚願望がある女性ですら子どもを多くは望んでいないこと(黄色)にも起因するようだ。2020年では、結婚願望がある女性すら、完結出生児数より少ない数の子どもしか望んでいない。つまり、今の若い人たちは、結婚願望の有無に関係なく、15~20歳程度上の世代が実際に産んだ数より、そもそも希望する子供の数が少ないことを意味する。

まとめ

希望出生率は「結婚したい人がみな結婚し、結婚した人が望んだ数の子どもに恵まれた場合の出生率」であり、これを達成目標にするということは、子どもを持ちたい人が、持ちたい数の子どもを持てる社会を目指す、ということである。あくまで個人的だが、総需要が減るとか労働者が減るとか、国のマクロな都合で産む数をごちゃごちゃ言われるよりは、よほど健全な政策だと思う。なんか消えた感じあるけど。
一方で、今回分かったのは、希望出生率が、特にコロナ禍で大幅に減少したこと、それは未婚者の結婚希望や理想子ども数が減少の寄与が大きいこと、そしてそもそも、未婚の若い女性は、先達たちより望んでいる子供の数自体が少ないということだ。

出生率、そして少子化は、すでに星の数ほど分析も研究もあって、ここで分析したこともすでにどっかに研究されている気はするんだが、ともかく希望出生率、なかなか遊べて楽しいデータであった。もうちょいネタはあるので、もうちょい遊んでみたい。

補足・データの作り方など

基本的なデータは第16回出生動向基本調査から取ってきている。既婚率、未婚率だけは国勢調査である。このへんは、元々の希望出生率の数字を作成した際の文献と同じにしている。ただし、いくつか操作的な部分はある。
まず、データの取得タイミングについてだが、国勢調査は1980年、1985年…と5年おきになっている一方で、出生動向調査は1982年、1987年、1992年、1997年、2002年、2005年、2010年…というやや変則的なタイミングで調査されていて、2002年以前は調査タイミングがずれている。また、2020年はコロナ禍の影響で調査ができず、2021年に実施されている。ここでは、1982年の出生動向基本調査データと1980年の国勢調査と掛け合わせて1980年のデータとして作成…とした。1980年から5年おきのきれいなデータのふりをしているが、作り方としてはこうするしかなかった。
また、この構成調査で調べた既婚率、未婚率だが、現調査で「18歳~34歳までの女性の有配偶率」で定義されている。これはおそらく、出生動向基本調査で調べられた、未婚の子ども希望数が18~34歳を対象としているからだろうが、なんか若干狭い気がしなくはない。ていうか、国勢調査の時系列データでは、15歳から5歳刻みでしかデータしかなく、18歳からのデータを取るには、国勢調査を計9回分取得しないといけず、かなり面倒だった。
最後に、希望出生率の計算では「離別等効果」というのを勘案しているが、これは要するに、結婚しても離婚、死別等で子どもが産まれないまま配偶者と別れてしまう…という要素を考慮したものである。で、この推計値自体は出生動向基本調査と同じ、国立社会保障・人口問題研究所が発表している将来人口推計の中で推計されているのだが、これ、あまり過去まで遡れない、というか、一つの調査でも複数の推計値があり、何の数字を使えばいいのかすらよく分からない。今回は、1980年以降のすべての年代で、もとの調査で用いられていた「「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)」における出生中位の仮定に用いられた離死別等の影響」である0.938という数字を用いた。他の数字として0.955等もあったのだが、誤差はわずか0.02程度であり、絶対水準への影響は小さいと考えられる上、そもそも希望出生率の計算上は、全体に乗じられる数字であるので、全体的な傾向への影響は小さいと考えられる。


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