見出し画像

趣味の旅行001_アーメダバード(2023年3月)

写真の供養がてら、旅行のメモでも残しておこうと思う。今回は旅行じゃないけど。実際は、2022年にアーグラに行った際の写真から残っているのだが、この際に行ったフルムーン・タージ・マハルの写真が、ちょうど残っていないので、いまいちパンチがない。まあ、それ自体は結構つまんなかった。タージ・マハルを遠目に見れるところまでは行けるのだが、本当に目の前までは行けなかったし、何より天気が悪かった。一応月とタージ・マハルの合わせ技は見れたし、タージ・マハルが、夜に赤っぽく浮かび上がる雰囲気は悪くなかったけど、あまわりのインド人観光客は騒がしいし(いつものことだが)、他人にお勧めできるようなものではなかった。
ファティープル・シークリー等も訪れたが、よほど北インドの建築様式に造詣がある、というのでもなければ、デリーの同様の遺構を訪れるだけで十分だろう。所詮はイスラム国家の、同様の時代の建築物である。

アーメダバード、1日目

さて、2023年の3月に、アーメダバードに旅行した。半分は仕事だったが。宿泊したのは、アーメダバード郊外、ガンディナガルのリーラ。新築で割と小綺麗だった。わかりにくいが、鉄道駅の直上に建設されている。まあ、その鉄道駅自体はほぼ稼働していないんだが。このあたりも実にインド的である。

ガンディナガルのリーラ

ガンディナガルの街は、インドの中でも類稀にも整っていたし、自然も豊かだった。裏道っぽいところに入れば、インドらしい小汚いところは勿論あるし、砂漠に近い街なので埃っぽいのだが、メイン通りは歩道も整理されているし、公園や自然も整備されている。道がきれいで交通量も少ないので、渋滞もあまりない。

ガンディナガルの街①
ガンディナガルの街②

ホテルの飯は結構旨かった。特にスープが頼めたのだが、これが非常に美味しかった。インドは、カレー等汁っぽい物が自然体で多いからか、逆にいわゆるスープの類が稀なのだが、たまに食べられると美味しいものが多い。胃にも優しいものが多いように思う。

リーラの激ウマスープ

ちなみにホテルの周辺にはなにもない。一応鉄道駅で、通勤?に使用しているような人の往来も若干見られたが、殆どいなかったし、キラナの類も徒歩10分以上かかるところにしかない。ホテル内ですべてが完結する前提でのホテルである。インドは都市部でも車社会なので、リーラに宿泊するような客ならそれで十分なのだろう。

リーラ周辺のメイン道路近くの風景。夏前なので、犬は地面にごろ寝。夏場は穴を掘ってその中に入っていることが多い。

アーメダバード、2日目

これまたアーメダバード近郊の、GIFTシティに訪問した。現在建設中の国際金融都市で、アーメダバードから行くとまじでびっくりする。わずか20分程度なのだが、急に小綺麗で洗練された、廃墟じみたオフィス街が出現するのだ。オートバイは多く並ぶが、中身が不明のオフィスビル以外は、少数の高級ホテルと、キッチンカーが一つのみで、歩いている人は殆どいない。中国の新興開発マンション群とかもこういう感じなのだろうか。
いや、GIFTシティはちゃんとビジネスをやっている街なので、そういうのとは違うのだが。ただ、明らかにガワ先行で建築が進んでいるのも間違いない。昔の日本のニュータウン開発とか駅前開発とかも、こういう感じだったのだろうか。

GIFTシティの風景①
GIFTシティの風景②

アーグラバードでは、現地の老舗で、安倍首相とモディ首相が食事をしたという、アガシエに行ってみた。内装は小洒落ていて悪くない。インドっぽいのかどうかよく分からないけど。飯の写真はないが、あまり旨くなかった記憶。やや攻めすぎた注文をしたような記憶もある。

アガシエのエントランス
アガシエ内観①
アガシエ内観②

最後は、アーメダバード郊外の階段井戸、アダラジ・キ・ヴァヴを訪問した。砂漠の中で古代に築かれた細々した細密な彫刻に囲まえれながら、中にたたえられた水のような、井戸の歴史の静かな重みを感じられる…訳でもない。例によってインド人観光客が多く、連中は静かに観光するという発想は一切ない。ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、自撮り写真を大量に撮って、バタバタと動き回りながら去っていく。全員が、というつもりはないが、彼らに「味わう」という感覚はないように思う。日本人も、海外買春ツアーとかやってたときはそういう感じだったのだろうか。
まあ、口喧しいインド人たちはともあれ、井戸自体は非常に美しいし、RPGのダンジョンめいた不思議な感覚は、なかなか他所では得られない感じである。自然遺産的ダンジョンは、日本も含めたくさんあるけど、人工のダンジョン、特に砂漠めいたダンジョンは、日本では見られないものだ。水の底からディープ・ワンでも顔を出しそうな、神秘さと若干の不気味さは、意匠の細やかさにももたらされている感じがしてならない。
規模自体は決して大きくない。ただ、比較的簡単に見に行けて、かつ一定の規模と美しさを誇る階段井戸としては、本当にちょうどいい場所だと思う。かつては庶民や貴族の憩いの場であり、人々の集う場所であったのだろう。今では(観光客の喧騒を除けば)、そうした日々の煩わしさはすべて砂に流されて、静謐さと聖性に満ちている。

アダラジ・キ・ヴァヴ①
アダラジ・キ・ヴァヴ②
アダラジ・キ・ヴァヴ③
アダラジ・キ・ヴァヴ④

この際の旅路は以上。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?