万華鏡

 「マミ、元気か。
 突然こんな手紙をもらって、驚いていると思う。盆休みのクラス会では、なにも話せなかったから、手紙を書くことにした。

 高校卒業以来、久しぶりに会ったあの日、本当はマミといろいろ話したかった。
 看護学校は、勉強や実習が大変と聞いているけど、元気そうで、相変わらずはつらつとしていたね。明るい笑顔が眩しかった。
 君はきっと優秀な看護師になるよ。手先が器用だし、いつも冷静なのに心温かだ。そして、看護師になるという夢を叶えるために、こつこつ努力をしてきた。保証する。いろんな看護師を知っているけど、君ほど適任だと思える人には会ったことがない。

 実は、俺はあの時入院中で、外出届けをだして参加した。
 中三の時から、腎臓が悪くて大学病院に通院していたけど、経過が思わしくなくて、卒業と同時に入院したんだ。
 志望大学の工学部には受かったけど、休学手続きをした。一日も通っていない。
 クラス会でダチの健太が『お前、太ったなぁ』としきりに言っていたけど、薬の副作用で顔が浮腫んでいたというのが本当。
                          
 覚えているかい。高校三年の夏休みの少し前、同じ中学だった仲間が7人集まって、新川沿いを歩いて十銭浜へ行ったよな。誰が言い始めたかは忘れたけど、受験戦争前の最後の気晴らしに、夕陽を見に行ったんだ。とても天気が良い日だった。
 日が沈み始めると、空も海も砂浜も茜色に染まり、みんな息を呑んだ。そっと君の顔を見たら、茜色の瞳が僕を見ていた。その時健太が、テレビドラマかお笑いの真似をして、夕日に向かって「バカヤロー」って叫んだんだ。みんなもそれぞれで海に向かって「バカヤロー」「バカヤロー」。涙が出るほど笑った。

 あの時はもう症状がかなりあって、学校から海までの往復12㎞。あれだけの距離をよく歩き続けたと思う。帰り道、遅れた俺と、君は並んで歩いてくれた。健太が先へ行ってくれたのがありがたかった。二人だけなのが嬉しくて、身体がしんどいのを忘れるぐらいだった。 
 マミは、看護学校志望、俺は工学部。頑張ろう、合格したらどうする、こうする……。
 黄昏の中、川沿いの遊歩道を戻りながらいろんなこと話したよな。
 でも、本当はあの時、マミに気持ちを伝えたくて、独り相撲していたんだ。自分の身体に自信が持てない。そんな俺が、思いを伝えたとして。マミが、もし俺の気持ちを汲んでくれたとして。自分は嬉しいのか、マミはそれでいいのか。
 『ふれあい橋』のところで、マミは何か言いたそうに俺をじっと見た。君の両の瞳は、夕焼けの灯りが残っているかのように熱かった。俺は受け止められなかった。目をそらした。
 結局、互いになにも言わず、橋で別れた。

 もっと前の話。中学一年の時、夏休みの自由研究として、新札幌の青少年科学館の体験教室へ参加して、二人で万華鏡を作ったよね。三枚の鏡と色とりどりのビーズやセロハンで簡単に作れる割には、出来上がった万華鏡は面白かった。
 マミは青と水色のビーズ。群青色、紺色、藍色、空色、そこにあった青系セロハンを全色切っていれた。『私の海』って名づけた。俺は『花火』と称し、ある限りの色を全部入れた。出来あがったのを交換して目にした時、二人で「すごい、すごい」ってはしゃいだよな。
 マミの万華鏡はなじみの日本海、深い海だった。回すたび波音が聞こえた。マミの海だ。
 俺の作品を見て「強烈、花火が溢れてる」とマミは笑った。
 その時のマミの白い指、えくぼ、笑い声、今も見えるし聴こえる。自分の指の、乾いたノリの感覚まで鮮明だ。

 マミの万華鏡は、本当に海のようだ。あの時交換して、俺の宝物になった。何度見ても見飽きない。
 何かあると、俺は海を見る。海に癒される。

 高三の後期になると、体調が思わしくなく、受験と病院通いで、日々が勝手にどんどん過ぎていった。
 だから、半年前のクラス会は、君に会えて本当に嬉しかった。
 君は、大人っぽくなって、近寄りがたかったというのもあるけど、そっと仕舞っておこうと思った。綺麗になった君の姿を、俺の胸の中に。だからそばへ行って話しかけもしなかった。
 それなのに、こんな手紙を書いている自分がいる。伝えたいという気持ちを、我慢できない。
 手紙を書いても書かなくても、別れが来る。分かっているけど、俺の心の底の何かが叫ぶ。
 マミの気持ちを考えるなら、俺が本当に優しい人間なら、この手紙は出せない。でも心の奥で喚く声が突き動かす。このまま、死んでいっていいのか。悔いないのか。

 死んだら悔いは残るのかな。どこに。何に……」

 白いルーズリーフに巻かれた万華鏡が、ベッドのヘッドボードとマットレスの間から出てきた。ベッドを片付けていた病棟ヘルパーが、中を見て、看護師長へ届けた。
 師長は、エレベーターで地下へ降り、先刻霊安室へ運ばれた青年の家族へ万華鏡とルーズリーフを手渡した。

 父親は、渡された万華鏡を片手にルーズリーフを広げ、一枚読んで妻に渡す。二枚目も妻に渡す。三枚目も妻に渡す。妻が、読み終えて折りたたんだ三枚のルーズリーフと、父親が覗いている万華鏡は濡れそぼつていた。          
                  

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?