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【現代哲学】マルクス・ガブリエル(4)

 今回は、”WHY THE WORLD DOES NOT EXIST”の第4章、自然科学についての議論を取り上げます。

 現代自然科学は、人間に特別な意味を持たせていた中世や近代の世界観を大きく揺るがし、人間不在の世界観を生み出しました。

 人間も脳も意識も感情も、すべて自然法則にしたがっているので、人間は特別な存在ではなく、物質にすぎない、という世界観です。

 冷たくて、何かがおかしいと感じませんか?

 new realismは、この違和感をスッキリと解決し、人生の意味を失わずに、現代の自然科学と仲良くつきあっていくことを可能にします。

 哲学の目的は、「世界をありのままに見ること」です。

 電子があり、原子があり、分子があり、有機化合物があり、人間があり、現代アートがあり、国があり、法律があり、リビングがあり、小説があり、聖書がある、多様性に満ちた美しい世界をありのままに見れるように、思考をトレーニングしていきましょう!

New Realism

 まず、new realismをおさらいしておきます。

 new realismは

1 ものごとは、ぞれ自体として存在している

2 ものごとは、いくつものdomain of objectsに属している

 という考え方でした(p119)。

1は、ものごとの実在を認めるという考え方なので、まさにrealismです。

世界は全部フィクションだ、というconstructivismの考え方と対比されます。

2については、まず、domain of objectsの意味を復習しておく必要があります。

domain of objectsとは、一定のルールの元に関係しあうものごとの集まりです。

例えば、宇宙に浮かぶ天体は自然科学というルールの元に関係しあうdomain of objects、すなわち宇宙に所属しますし、ベッドやソファーやテレビは、生活空間というルールの元に関係しあうdomain of object、すなわちリビングに所属します。

さて、new realismの第2の点は、ものごとはいくつものdomain of objectsに属する、ということでした。

例えば、ソファーは、構成分子や原子から分析すれば、自然科学の法則が支配する宇宙に所属していますが、同時に、使い心地や配置として分析すれば、生活のための空間というルールが支配するリビングに所属します。

 この点で、metaphysics、すなわち、世界はたった一つのルールで説明することが可能であり、全てのものは1つのdomain of objectに属する、という考え方と対比されます。

 ものごとが、一つではなく、複数のdomain of objectに所属し、それぞれのdomain of objectで実在している、と考えるので、これは普通のrealismではなく、new realismなのです。

New realismによる世界観

 new realismは、ものごとは、単なる想像ではなく、それ自体として存在すると考えるのですが、この考え方は、次の事実とマッチします。

 ボールに入ったリンゴがあって、周りに大勢の人がいます。大勢の人は、リンゴを見ることができます(p123)。

 もちろん、見え方はそれぞれ異なりますが、リンゴというものが、単なる人間の想像の産物ではなく、人間の認識からは独立して、それ自体存在する、ということは明らかです。

 人間の認識の仕方が多様であるからといって、リンゴの存在自体を否定してしまうのはおかしな話です。

 人間の五感が支配する、認識というdomain of objectsと、自然科学の法則が支配する宇宙空間というdomain of objectsを混同しないようにする必要があります。

 new realismは、ものごとは複数のdomainに属すると考えますが、このことは、次の事実とマッチします。

 真緑色のリンゴをイメージして見てください(p124)。

 さて、この緑色のリンゴは存在するでしょうか?

 new realismは、「意識というdomain of objectsには存在するが、宇宙空間というdomain of objectsには存在しない。」、と答えます。

 もし、宇宙空間というdomain of objectしか考えないような世界観をとっていると、イメージに浮かんだ緑色のリンゴは、「存在しない。」、になってしまいますが、そのような世界観はあまりに一面的です。

 そのような世界観をとると、すべての概念や理論は、「存在しない。」ことになってしまいます。

 new realismと対立するconstructivismの仲間として、相対主義、というものがあります。

 「すべてのものは相対的である。」という考え方です(p134)。

 しかし、この考え方は、次の事実から否定できます。

 この考え方を適用すると、「どのような場合でも、事実は存在する」、という命題も相対的である、ということになります。

 そうすると、ある場合には、事実は存在し、別の場合には事実は存在しない、ということになります。

 しかし、どのような場合でも、1つは必ず事実が存在します。

 なぜなら、まったく何もない場合ですら、「まったく何もない」、という事実が1つ存在するからです。

 この点、new realismは、「事実は確かに存在する」、と答えますので、まったく問題ありません。

まとめ 

 自然科学の分野からスタートし、すべてが自然法則で説明できる、とする考え方や、すべての認識は脳が作り出したフィクションだ、とする考え方が生まれています。

 しかし、これらの考え方は、いずれも偏っています。

 すべてを説明する自然法則は存在しませんし、認識がすべてフィクションだということでもありません。

 実際には、自然法則が当てはまるdomain of objectsでは、すべては自然法則で説明できますが、そうではないdomain of objectsでは、自然法則は通用しない、ということです。

 new realismは、極端を避けつつも、首尾一貫しているので、世界をクリアにみる大きな助けになります。

 なんでも自然法則に還元し、すべてのものを物質に還元してしまうニヒリズムに負けないようにしましょう!

 あくまで、すべてが自然法則に還元されるのは、universeというdomainだけです。リビングに並んだ机や椅子の心地良さ、小説に登場する架空の主人公の存在、日本国の法律や政治、宗教や現代アート、はたまた人生の意味は、物質に還元して説明することはできません。

 要するに、new realismは、物質のみならず、情報にも実在を認める世界観です。

 あらゆる現象を素粒子に還元するような20世紀初頭の物理学の時代から、情報科学の時代に移り変わり、人工知能の研究や応用が進むに至った現代において、new realismは生まれるべくして生まれた、時代にふさわしい世界観ですね!

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