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【散文詩】Après la pluie (雨上がり)

   Après la pluie

 雨が上がったあとのしっとりと湿気を含んだ空気を私は愛する。雨の日は憂鬱ゆううつであってとても戸外そとには出られないのであるが、雨さえ上がってくれれば少しは戸外に出ようという気持も起ってくる。
 私は扉を開けてヴェランダに出た。しっとりとした空気が、私の身体にまとわりつくように触れて去ってゆく。まだ大気中に多くのこるしっとりとした空気が、私をしずかに抱擁する。あたかも信仰を得た者が主に抱きしめられるように。

 私は何となくポケットからシガレットを取り出し、もう一方のポケットからはオイル・ライターを取り出して、シガレットに火をつけて吸った。シガレットの煙と一緒によく冷えたしっとりとした空気が這入はいって来て、いつもよりさらにシガレットの味がよいように思われた。
 私はシガレットを吸い終えると、ぼんやり空を眺めた。あれ程までに曇っていた空は多少の雲が踊るように動くだけで、日が出ていた。日光は真っすぐにのび、そこから天使が降りて来ても可笑おかしくないくらいに神秘的で、神聖な光景だった。

 私はカメラを持っていなかったが、手許てもとにあればシャッターを押したかもしれない。━━いや、手許にカメラがあってもこの光景は撮らなかったかもしれない。心の中の秘密のシャッターを押して、今眼の前に広がる光景を「記憶」として独り占めするために。


(2024.3.1)

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