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第28回 ハーンとの再会

クリスタル・ナハトの惨事があった同じ11月、ボーアはベルリンにいるハーンに講演を依頼していました。そういう名目でハーンとリーゼを合そうとしたのです。
11月13日にハーンはコペンハーゲンに着きました。事前にストックホルムから来ていたリーゼが迎えに来ていました。二人は抱擁しました。しかしハーンの不安げな表情にリーゼはすぐに気がつきました。
「何かあったのね」「実は4日前のユダヤ人狩りで、貴女の義兄のフリッシュさんがウィーンからダッハウの収容所に入れられたらしい」
リーゼの表情も一変しました。

コペンハーゲンのボーアの自宅で、ボーア、リーゼ、ハーン、そしてリーゼの甥のオットー・ロベルト・フリッシュの4人が一堂に会しました。学者たちの集まりです。けれどフリッシュの父の逮捕はやはり場の空気を重々しくしていました。そんな中、リーゼはドイツからの脱出の顛末(てんまつ)を語りました。
「パスポートはあるにはあったんだけど、ナチの政策で無効となっていたから心配でならなかったわ。連れ戻されるユダヤ人もいるって聞いてたし。それで国境を越えてオランダに入った所で、ナチの兵士が入ってきて、そのパスポートを取り上げて持って行ったの。コスターが大丈夫だという感じで目配せしてくれたけど、10分ほどだけど、もうその時は生きた心地はしなかったわ」
「それでどうなったんだい?」
ハーンは神妙な顔をして聞きました。
「それがどういう訳か、その時のナチの兵士は、無効のパスポートを黙って渡してくれたのよ!たぶんコスターがオランダ政府と話をつけてくれてたのだろうけど。でもコスターも不安そうだったわ!」
リーゼは眼を大きく見開いて笑って言いました。
「君は運があるなあ!」
笑うハーンに、今度はリーゼは甥の方を向いて言いました。
「そうよ。だからロベルト!お父さんも必ず無事で帰るわ!」
一同はやっと明るい表情になりました。(続く)

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