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第67回 日本の進駐

1940年6月14日のフランス降伏を見て、日本政府はこの機会にドイツ了解のもとにフランスのビシー政権を脅かし、中国からフランス領北部インドシナへと進駐しました。資源がない日本としては、のどから手が出るほど資源が欲しかったのです。
しかしこれはイタリアの宣戦と並んで世界の顰蹙(ひんしゅく)を買いました。後に日本はアメリカ、イギリス、中国、オランダからなるABCD包囲網に囲まれる事になります。

一方、7月1日、ローズベルト大統領の片腕である、アメリカ国防研究委員会議長のヴァネヴァ―・ブッシュは核分裂研究所の責任者ともなりました。
ブッシュは、大恐慌(1929年~)の時、科学者が労働者の仕事を奪ったと糾弾された事にショックを受けていました。冷たい仕打ちもされました。
「科学こそが人類を幸福にする」
ブッシュはそう思っていました。そしてブッシュは、新兵器を発明する事で潤沢な資金が政府から提供される事も知りました。(続く)

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