ペニシリンアレルギーがもたらすもの

※この記事は、以下の臨床医学論文を紹介し筆者の考察を付け加えたものであり、医療従事者向けに発信しています。

Vaisman A.et.al. Clarifying a "Penicillin" Allergy: A Teachable Moment. JAMA Intern Med. 2017 Jan 3. [Epub ahead of print] PMID: 28055069

[Story From the Front Lines]
初産で妊娠39週の合併症の無い女性は胎児奇形のために選択的帝王切開を目的に入院。電子カルテにはペニシリンアレルギーと記載があったが、手術時にはアレルギー反応の詳細は明らかではなかった。過去に報告されたこのアレルギーのために、術前にはセファゾリンの代わりにクリンダマイシンが投与された。帝王切開後、母親と出生児は合併症なく家に帰宅したが、2週間後にその女性はClostridium difficileによる下痢で再入院した。彼女は経口バンコマイシンで14日間治療されたが、3週間後に再発した。そのため彼女は再入院し、2週間経口バンコマイシンによる第2コースの治療を受けた。 下痢は、バンコマイシンによる第2コースの治療経過後に再発しなかった。
患者とのフォローアップにより、より詳細なアレルギー歴が得られた。彼女はペニシリン製品にアナフィラキシーの病歴はなく、アモキシシリンを服用した直後に発症した赤い発疹であると曖昧に説明した。
[Teachable Moment]
このケースは、自己報告に基づく、不適切なペニシリンアレルギー診断の結果として、その代替抗菌薬物療法の過剰使用が起こってしまった。β-ラクタムに対するアレルギーの患者のガイドラインに従って、セファゾリンの代わりにクリンダマイシンが使用された。
[Am J Health Syst Pharm. 2013 Feb 1;70(3):195-283. PMID: 23327981]
クリンダマイシンは抗生物質関連下痢およびCディフィシル感染の発生の最もリスクの高い抗菌薬の1つであるため、Cディフィシル感染のリスクを実質的に高めたと考えられる。
[Antimicrob Agents Chemother. 2013 May;57(5):2326-32. PMID: 23478961

ペニシリンアレルギーとラベリングすることは、患者にとって重要なリスクを伴うと言える。つまり、使用される代替抗菌薬は、抗菌スペクトラムが広く、より高価で、より有害性が高く、時に有効性が低く、また抗菌薬の耐性発現につながる可能性がある。
[J Allergy Clin Immunol Pract. 2013 May-Jun;1(3):252-7. PMID: 24565481]


このケースは、ペニシリンアレルギーの過剰診断による結果である。すべての診断と同様に、薬物アレルギーは患者記録に明確に記載され、文書化されなければならない。
本ケースにおけるクリンダマイシンの投与は、抗菌薬アレルギーの既往歴が原因であり、精査することなくその既往が正確であると考えられていた。ペニシリンアレルギーを報告している患者の80%〜90%は、皮膚検査で評価したときアレルギーではないといわれている。
[JAMA. 2001 May 16;285(19):2498-505. PMID: 11368703]
患者は一般的にペニシリンアレルギーを、その薬剤に対する反応の明確な理解または記憶がなくても報告することがある。患者は親あるいは医療従事者によるアレルギーの指摘を受けると、その後の適切な確認もなしにこの診断を継続的に認識し続けることがあります。こうして記録されたアレルギー反応の大部分は、実際には、薬物そのものではなく、治療されている疾患に関連する有害事象である。 このケースでは小児期でのウイルス感染症が抗菌薬で治療され、アモキシシリンに対するアレルギーと誤診された可能性がある。
[JAMA. 2001 May 16;285(19):2498-505. PMID: 11368703]
臨床医は、患者想起の限界を認識し、例えば、処方決定に影響を及ぼすアナフィラキシーのような即時IgE介在反応、またはスティーブンス・ジョンソン症候群のような重度の遅延全身反応などの、懸念する特定の全身反応の特徴を認識すべきである。この情報を使用して、臨床医は、抗菌薬処方のための合理的アプローチを実施することができる。
[Ann Allergy Asthma Immunol. 2015 Oct;115(4):294-300.e2. PMID: 26070805]

アナフィラキシー、蕁麻疹、または血管浮腫を特徴とする即時IgE介在反応を示唆する既往がある場合にのみ、術前皮膚試験はアレルギー科との協議のうえで検討すべきである。
ペニシリンとセファロスポリンとの交差反応性が低く、ペニシリン製品に対するIgE媒介性の反応がないのであれば、この患者がセファゾリンに対してアレルギー反応を起こすとは考えにくい。皮膚試験陽性を報告したペニシリンアレルギー患者でさえ、セファロスポリンに対する実質的なアレルギー反応の可能性は約5%である。
[JAMA. 2001 May 16;285(19):2498-505. PMID: 11368703]
したがって、多くの手術における手術部位感染予防のために選択される薬剤はセファゾリンであることが好ましいと言える。
とはいえ周術期においては、信頼できるアレルギー歴を取得することが、時間的制約により困難かもしれない。さらに、抗菌薬の予防的投与は、手術開始直前に投与されることが多く、患者が麻酔下にあり、アレルギー反応の詳細を提供することができない場合もある。これは、徹底したアレルギー歴を得ることの重要性、皮膚試験の必要性、抗菌薬処方プロトコル必要性を強調する。例えば、この場合アレルギー歴を明らかにする機会には、出生前評価、産科医のフォローアップ訪問、または術前評価が含まれるであろう。
要約すると、本ケースでは、ペニシリンアレルギーの不必要なラベリングを防ぐために、ペニシリンに対する自己報告されたアレルギー反応の徹底的な評価の重要性を強調している。 この場合の抗菌薬の既往を単純に明らかにすることで、最適な抗菌薬の投与が可能となり、その後に起こり得る有害事象を避けることができるだろう。

[コメント]
抗菌薬別の市中CDIリスクを検討したメタ分析によれば、クリンダマイシンやキノロン系、あるいはセファロスポリンなどがよりハイリスクといえる。
[J Antimicrob Chemother 2013 Apr 25.PMID:23620467]

[Antimicrob Agents Chemother.2013 May;57(5):2326-32.PMID:23478961]

ペニシリンアレルギーと診断がついている場合、ペニシリン系薬剤はもちろんのこと、セフェム系薬剤であってもその使用には抵抗があるかもしれない。そうなると、マクロライドやキノロン、あるいはこの症例のようにクリンダマイシンが使われるケースも十分に起こり得るだろう。広域スペクトラムの抗菌薬にはCDIをはじめ、耐性菌などのリスクも付きまとう。得られるベネフィットに比べ、相対的にリスクも高まってしまうだろう。

Epstein-Barrウイルス(EBウイルス)などの感染によっておこる伝染性単核球症患者に対して、アンピシリンを投与すると高確率(90%~100%)で発疹が出現することが知られており、"ampicillin rash"とも呼ばれている。
[Lancet. 1967 Dec 2;2(7527):1176-8. PMID: 4168380]

[Pediatrics. 1967;40(5):910–911.PMID:6075667]

伝染性単核球症の小児273人を対象とした近年の研究では、それほど高確率ではないが、伝染性単核球症に対する抗菌薬で発疹が発生することが示されている。この研究において、抗菌薬投与による発疹は41人(23.6%)であった。また、薬剤別ではアモキシシリンによるものが最も多かったと報告されている。(29.51%[95%信頼区間18.52~42.57)])
[Pediatrics. 2013 May;131(5):e1424-7. PMID: 23589810]

こうした抗菌薬による有害事象がペニシリンアレルギーと誤診されると、その後の医療介入に大きな影響を及ぼす可能性があることが、冒頭のケースより示唆される。

こうしたケースは多々あり得ることで全く軽視できない、というのが率直な感想である。これは何もペニシリンアレルギーに限った話ではない。「狭心症」というような既往も同型の構造な気がする。本当に狭心症なのだろうか、というところで、曖昧なまま、謎の低用量アスピリンが使われていて、消化管出血が起こっていたりすることは実際ありうるのだ。

診断は本当に大事である。薬剤師のEBMは診断が正しいということが前提なので、これが違うと、最終的な薬剤師の推奨は完全に見当違いになってしまう。とはいえ、僕には診断的なことまで勉強する暇はないので、ここは本当に医薬分業なのだと感じる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?