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【ビジネス教養としての簿記・会計(第8回)】GMROI(商品投下資本粗利益率)って何ですか?

この不定期連載では、社会人として知っておきたい簿記や会計の重要論点を、実際の経済ニュースなどの事例をふまえて解説します。ビジネス教養としてはもちろん、株式投資を始めた方にも有用なコンテンツを目指します。なお、本連載は全文を無料公開します。

 GMROI(Gross margin return on inventory investment; 商品投下資本粗利益率)は、ROE(自己資本利益率)ROA(総資産利益率)と比べると、影の薄い経営指標かもしれません。
 投資者の立場において、最も重視すべき経営指標は株主利益に関する収益性を意味するROEであり、債権者にとってのそれはROAなのでしょう。その意味において、GMROIは経営者にとって重視すべき経営指標なのかもしれません。
 
 しかしながら、とりわけ小売業を主たる事業とする企業においては、投資判断においてもGMROIの評価は有用だと思います。今回は、GMROIの概要やROE、ROA、ROICとの比較、さらには経営分析におけるGMROIの解釈について解説したいと思います。

GMROIの基本的な概念と計算方法

 GMROIは、在庫(棚卸資産)管理の効率性を測定する指標であり、「売上総利益(粗利益)/平均在庫金額([期首棚卸資産+期末棚卸資産]/2)」で算出できます【図】。
 例えば、ある小売企業の売上総利益が年間で1000万円、平均在庫金額が年間で500万円だった場合、GMROIは2.0となります(1000万円/500万円=2.0)。

【図】GMROIの算出と分解式の要素

GMROIと他の財務指標との比較

 GMROIをより深く理解するためには、ROE、ROA、ROICなどの他の主要な財務指標との比較が有効です。これらの指標の基本的な計算式は以下の通りです(ROICについては企業ごとに算出方法が異なります)。

ROE = 当期純利益 / 自己資本
ROA = 事業利益 / 総資産
ROIC = (当期純利益 + 税引後支払利息) / (自己資本 + 有利子負債)

 PetersenとPlenborgは、これらの指標がそれぞれ企業の異なる側面を評価していることを指摘しています[2]。各指標を分解すると、GMROIが在庫管理に特化した指標であるのに対して、他の指標は企業全体の収益性、効率性、財務構造を包括的に評価していることがわかります。

ROE = (当期純利益 / 売上高) × (売上高 / 総資産) × (総資産 / 自己資本)
= 売上高純利益率 × 総資産回転率 × 財務レバレッジ
ROA = (事業利益/ 売上高) × (売上高 / 総資産)
= 売上高純利益率 × 総資産回転率
ROIC = {(当期純利益 + 税引後支払利息) / 売上高} × {売上高 / (自己資本 + 有利子負債)}
= 修正売上高利益率 × 投下資本回転率

 ちなみに、GMROIとROEを組み合わせた分析として、財務レバレッジの影響を考慮した評価が可能です。ROEは負債の活用による利益の増幅効果を含むため、高レバレッジ企業では見かけ上高くなる傾向があります。
 一方、GMROIは負債の影響を受けにくいため、企業の本質的な収益力をより純粋に反映します。

企業A: GMROI = 2.5, ROE = 20%, 負債比率 = 70%
企業B: GMROI = 2.2, ROE = 15%, 負債比率 = 30%

 上記の例では、ROEはA社で高く、収益性もA社で高いように見えます。しかし、GMROIの差は小さく、ROEの差は主に財務レバレッジの違いによるものと推測できます。このような場合、B社の方が安定的な収益構造を持っていると判断できるかもしれません(これはROAとROEの比較においても、同様の示唆を得られますね)。

GMROIの実務的応用と限界

 GMROIは小売業における在庫管理の効率性評価に適しています [3]。しかし、GMROIによる評価にも一定の限界があります。例えば、GMROIは短期的な収益性に焦点を当てているため、長期的な成長potentialを過小評価する可能性があります。それゆえ、GMROIは他の財務指標を組み合わせて使用することが大切です[4][5]

 GMROIとROICを同時に分析することで、在庫管理の効率性と全体的な資本効率の関係をより深く理解することができます。例えば、ある小売企業のGMROIが3.0ROICが10%だった場合、在庫管理は効率的(高GMROI)である一方で、全体的な資本効率は中程度(中程度のROIC)と解釈できるかもしれません。
 つまり、在庫以外の資産(例:店舗設備)の収益性が相対的に低い可能性を示唆しています。逆に、GMROIが1.5であり、ROICが15%の企業では、在庫以外の資産を効率的に活用していると考えることも可能でしょう。
 
 また、FairfieldとYohnは財務指標の時系列分析と業界比較の重要性を強調しています[6]。GMROIの年次変化と競合他社の比較を行うことで、企業の競争力と効率性の変化をより正確に把握することができます。

 GMROIは、業種ごとに適正水準が異なることにも有意が必要です。例えば、高級ブランド企業と量販店では、適正なGMROI値が異なります。
 高級ブランド企業は高い売上総利益率を維持しつつ、商品の希少性を保つため在庫回転率が低くなる傾向があります。
 一方、量販店は低い売上総利益率を高い在庫回転率でカバーするビジネスモデルを採用しています。このため、両者のGMROIを単純に比較することは適切ではありません。
 
 なお、GMROIの高値は、一見すると効率的な経営に見えますが、実は機会損失の可能性を示唆しているかもしれません。需要に対して企業が保有している棚卸資産が不足し、潜在的な売上を逃している可能性が指摘できるからです。一方で、GMROIの低値は棚卸資産の長期滞留を意味し、資金繰りの悪化や商品の陳腐化リスク(商品評価損や減損)を示唆します。
 
【引用文献】
[1] Gaur, V., Fisher, M. L., & Raman, A. (2005). An econometric analysis of inventory turnover performance in retail services. Management science, 51(2), 181-194.
[2] Petersen, C. V., & Plenborg, T. (2012). Financial statement analysis: valuation, credit analysis, executive compensation. Pearson Education.
[3] Alan, Y., Gao, G. P., & Gaur, V. (2014). Does inventory productivity predict future stock returns? A retailing industry perspective. Management Science, 60(10), 2416-2434.
[4] Kesavan, S., & Mani, V. (2013). The relationship between abnormal inventory growth and future earnings for US public retailers. Manufacturing & Service Operations Management, 15(1), 6-23.
[5] Bauman, M. P. (2014). Forecasting operating profitability with DuPont analysis: Further evidence. Review of Accounting and Finance, 13(2), 191-205.
[6] Fairfield, P. M., & Yohn, T. L. (2001). Using asset turnover and profit margin to forecast changes in profitability. Review of Accounting Studies, 6(4), 371-385.

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