さくらももこ『さるのこしかけ』”いさお君がいた日々”はクリエーター必読のお話である。
こんにちは。修行ボーイです。
自分は中学3年生のときにさくらももこさんのエッセイと出会い「活字でもこんなに面白いんだ」と衝撃を受けて、読書と言えば漫画を読むことだった生活が一変することになる。
古本屋で100円のものを買い集め、さくらももこのエッセイをむさぼるように読みふけった。受験勉強そっちのけである。(赤本で5年分すべてで合格点をとったので問題なし)
好きな話はいくつかあるのだが、今回は「いさお君がいた日々」について大いに語りたい。
この話が収録されているのは「さるのこしかけ」という、さくらももこの初期三部作と呼ばれる(他2冊は「もものかんづめ」「たいのおかしら」)中の1冊だ。
いさお君とは
いさお君とは小学校3年生のときに転校してきた同級生の男の子。特別学級というクラスに所属している。
そんな彼という存在をさくらももこは「山ほど大切なことが詰め込まれた存在」と表現している。
なぜ、さくらももこは彼にそこまで惹かれていったのか。それは彼女の生き方、クリエーターとして大事なことが詰め込まれた存在だったからではないかと考える。
そして、それは誰しもが発信能力を持ち、クリエーターになることができるこの時代においてとても学ぶべきことが多いお話ではないか。
自分を持つ
特別学級で周囲とは違う雰囲気をもっていたいさお君。当時は周囲の生徒達にからかわれたり、ちょっかいをかけられたそうです。でも、彼は表情を変えない。
さくらももこは、その様子をみて「彼は自分をもっている」「振り回されているのは、いつも周囲である」と見ていた。
これは、SNSでの誹謗中傷にたいして意に介さずに自分のやりたいことを貫く姿ではないだろうか。さくらももこは絶対的な自分を持っているいさお君に憧れを抱いた。
一緒になって彼をからかったり、「可哀そう」と言って先生を呼びに行くわけではなく、そこに着眼点をもっていたことは後にさくらももこがクリエーターを目指すにあたって必要な感性だったのかもしれない。
行きたいから行く
ある日、いさお君は学校を飛び出して電車に乗り、八百屋にあったトマトを食べようとしたところを取り押さえられたということがあった。
そのときの校内放送では「いさお君が逃げ出した、、」「食べようとしたところを捕まった」とアナウンスしている。もはや犯罪者扱いである。本当に文章通りの校内放送があったのかはわからないが、彼をとりまく大人や生徒が「厄介者」「しょうがない存在」であるかのように見ている雰囲気だけは伝わってくるし、そこは正直なとこなのだろう。
さくらももこは、逃げ出したいからではなく行きたいから行ってしまったというのが的確だと考えていた。
学校でみんなで勉強するのが当たり前、いやな授業を耐えることが当たり前、それができないのは悪いこと。それが当時の当たり前でゆるぎないものだった。
でもそれは本当なのか?そのことに疑問を持ち始めている昨今であるが、さくらももこはこの時点で気づいていたのかもしれない。
行きたくなったから行ってみた。やりたくなったからやってみた。YouTubeにはそんなサムネイルで溢れている。その瞬発力なしにクリエーターは務まらないだろう。
自由を与えられる
彼は母親に愛されており、管理するのではなく自由を与えられていた。
いさお君の母親はぎりぎりまで自由を与え、付き合い、見守ることに徹していたのだろう。自分は2児の父親であるが、これはなかなかできるものではない。
新聞紙をただビリビリ破れば腹が立つし、6時までに家に帰りたい。親の「こうしたい」に当てはめることは多々あるモノだ。
でも、本人がやりたいことを「邪魔しない」ということは将来的に自分で考えて行動し熱中していく人になるには重要なポイントだと思う。さくらももこは抑圧された環境で夢をため込めるだけため込んで、大人になってから一気に爆発させたタイプではあるが、そんな彼女が彼に憧れる理由がわかる気がする。
30年後の日本でようやく意味がわかる話
いさお君はいさお君なりに生きている。
何の疑いもなくその姿を笑ったもの、
純粋にその姿に憧れたもの、
どちらがクリエーターとしての素地があったかは後の結果が示している。
学校や先生、同調圧力に縛られる日本人がどのように生きればいいかのヒントがそこにはあると思う。
全部を真似しろとも思わない。
全員がクリエーターになれとも思わない。
ただ、「自分が正しい」と疑いもなく笑ってしまった人たちの感性を想像し、そのような存在にならないようにしたいものだ。ようは、クソリプ飛ばすなよという話である。
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