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桜の花、風に舞い上がるレジ袋を

上京して3年が経った。
絶対にトイレットペーパーだけは買い忘れてはならないことは学んだつもりだったが、またやってしまった。
わざわざ今からトイレットペーパーのためだけに外出するのは億劫だが、どうせ明日の朝に買いに行くのはもっと億劫だし、朝起きること自体も億劫だし、というか多分昼に起きるし、それから外出するのもまた億劫だ。
そもそも最近は不眠症できっと今夜もなかなか眠れないのだから、どう考えても日付が変わりそうな今買いに行くのが最善なのである。

外に出ると夜でももうそれほど寒くなかった。
ドンキで1番安いトイレットペーパーを買い、少しだけ遠回りをして桜並木を少しだけ通って帰ろうと思った。

強風で桜の花びらが舞い上がる道をひとりで歩くと、桜にはいつも目を背けていたあの頃を思い出す。毎年桜の季節は期待なんかよりも不安の方がずっと大きかった。
でも東京に来てからは、なんとか目を背けなくて済むようになった。
深夜に舞う桜は白く、街灯や車のライトに照らされて僅かにピンク色に見える。その中に一際大きな桜の花びら、に一瞬見紛う、白いレジ袋が混じっているのを見つけた。レジ袋は高く舞い上がり、桜の木の遥か頭上を右往左往していた。しばらく目で追っていると、桜の木の枝に袋の取っ手がうまいこと引っかかって留まった。
ああ、あのレジ袋は桜の花になれたのか。などと思いながら眺めていると、また風に煽られて桜の木から散ってしまった。レジ袋の桜の命は本当に一瞬だった。
レジ袋は再び高く舞い上がり、今度は電線に引っかかった。どういうわけか袋の取っ手がまたうまく引っかかって風になびく姿は、まるで横になった鯉のぼりのようだった。
しかしまたすぐに電線からもほどけて浮遊し始め、突風に運ばれ桜並木沿いを一気に進んでいった。わざわざ信号を渡ってまで追いかけてみたが、レジ袋は星ひとつ見えない曇り気味の東京の夜空に、溶け込むように消えていった。

見失ったレジ袋は早々に諦めて、トイレットペーパーを持って帰宅した。
やっぱり今日も眠れない。あのレジ袋があっという間に空に消えたみたいに、眠れたらいいのにな。

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