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プラトニックな恋をしよう

僕の名前は陽一。48歳のサラリーマン。同い年の妻と中学2年生と小学6年生の娘を持つ二児の父親である。

妻との関係は冷えきっている。しかしながら別れるわけにはいかない。二人の娘が自立するまでは。僕と妻を繋ぎ止めているものはただそれだけである。

そして娘たちには幼少期には慕われていたものの、微妙な年頃となった現在は殆ど口をきいてくれなくなった。これが娘を持つ父親の宿命だろうか。

今の僕の役割はひたすら働いてその報酬を家庭に供給する。僕は年老いるまでこれを毎日繰り返すのだ。僕の人生はそんなもの。人生を野球のペナントレースに例えれるのであれば、夏場前に既に消化試合に突入した気分であった。そう、彼女と出会うまでは・・

出会い

僕は仕事が休みの週末は苦しい家計の足しとするべく、製菓会社の工場でアルバイトをしている。僕は大企業と呼ばれる会社に就職してそれなりの収入を得ていたものの、40歳の時にリストラによる早期退職を余儀なくされ、同業の中規模の会社に再就職は果たしたものの、以前と比較すると収入状況がかなり厳しいため始めたアルバイトである。

アルバイトを始めてから8年程の月日が経過していたそんなある日、とある女性と出会う事となる。

僕はこの日、製品を仕分ける工程に配属された。この作業は二人一組で良品と不良品を選別する作業なのであるが、そこで僕のパートナー役として配属された人が美優さんという名前の女性であった。

彼女と始めてコンビを組んで作業を行ったその日は終日、仕事上必要な最低限の言葉を交わしただけで淡々と時間が過ぎていった。美優さんは僕よりも10歳位は若いだろうか、綺麗な女性だなとは思ったものの、それ以上の感情は特には沸かなかった。そう、人生の消化試合モードに入っていた僕はこの年で再び恋をするなんて発想がそもそもなかったのである。

忘れかけていた恋心

その後、幾度か美優さんと一緒に作業を行う機会が重なり、仕事の合間に少しずつ会話をするような間柄となってきた。

会話の内容は極めてとりとめのない話。天気や季節の話題、直近のニュースの話題、近所の美味しい飲食店の話題などいろいろな事。何気ない会話ではあるが、僕は美優さんの性格の良さが滲み出ている事を感じた。まず彼女はどんな人や物であれ、決してそれを悪く話す様な事はない。そして口調は終始穏やかで上品な女性らしさを醸し出している。女性らしくとは云っても決して男性に媚びるようなそれではなく、内面から滲み出てくる女性らしさである。

そんな美優さんの話に耳を傾けながらその端正な顔立ちを見つめていると、遠い昔にどこかに忘れてきた恋心というものが再び僕の中に芽生えてきているのをはっきりと感じていた。

プラトニックという愛の形

僕は美優さんの事が好きになった。そして僕の表情や態度から美優さんも僕の好意を感じとっている気配がある。決して感触は悪くない。だが2人の間には大きすぎる障壁がある。それは僕が妻子持ちであるという事。その事実を美優さんは知っている。だから美優さんから言い寄って来る事はないだろう。一線を越えるかどうかはこの僕次第だ。だがどうであろうか?妻子持ちのこの僕を彼女は受け入れてくれるであろうか?仮に受け入れてくれたとしても、今の家族に対する責任をどうとれるのか?そして美優さんに対する周囲からの風当たりが厳しくなる事も覚悟せねばならない。それら全てを守り通すことが果たしてできるのだろうか?

そうだよね、僕が踏み留まることさえできれば誰も傷つかずに済むのだ。

あきらめようと思いながらもふと考える。そもそも恋の形ってなんなのだろう。恋愛の成就というのは仲良くなった男女が交際に発展し、体の関係を持つところが最初のゴール地点であり、最終ゴールは結婚となる。これが誰もが思い描く恋愛の流れではなかろうか。だがこれがすべての正解と考えるのは幻想なのではないだろうか。

体の関係が無くても結婚する事が叶わなくても、会ったその時だけでも心が通じ合う事ができたなら素晴らしい恋愛なのではないかと。その様な恋愛の形をプラトニックと呼ぶらしい。一線を越えてしまえば僕らは否応なしに白黒を付ける判断に迫られる。プラトニックならば僕らの良好な関係はこれからもずっと続けられる。こんな素晴らしい事はない。

いつかお互いに障壁がなく恋愛ができる状況になったらその時は君に打ち明けよう。ずっと先、100年後かもしれないけれど。そんなに生きれるはずがない?いや、分からないよ。テクノロジーの進化で人間は200歳まで生きれるようになるかもしれない。そんな儚い夢を心の片隅に潜めながら今週の週末も君に会いに行く。


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