(仮題)転生したのではやく死にたい

講義の終了を知らせるベルが学内に響く。教授は話を打ち切ると板書した文字を手早く消して去り、学生達は次々に席を立ち、それぞれ教室を後にする。そして静かになっていく教室の片隅に、後頭部に窓から差し込む日光を受けながら女子学生が一人、穏やかな寝息を立てていた。

「あ」

教室を出ようとしていた一人の女子学生がその姿を目に留め、溜息をつき彼女に近づく。

「講義終わったよ。起きて」

「んー・・・・・・」

ぽんぽんと肩を叩かれた彼女はゆっくりと伏せていた顔を上げる。眩しそうに目を細め、その頬には服の跡がくっきりとついていた。

「おはよう。ずっと寝てた?」

「おはよう、杏耶。うん、たぶん」

「もしかして、また漫画とかで徹夜したの?」

「ふふふ。せいかーい」

「いけないんだー」

「いや、でもこれは仕方がないの。めちゃくちゃ面白いものを読んでると続きが気になるでしょ?ずっと続きが気になるから、お風呂に入ってる時もお布団に入った時も読んじゃうでしょ?で、もう寝なきゃいけない時間だからって寝ようとしても、続きが気になるから寝れないでしょ?寝れもしないのにお布団の中に入ったままずーっと続きどうなるんだろうなって考えてるなんて意味ないじゃん。それだったら睡眠時間とか考えずに全部いっきに読みきっちゃって、その後に寝た方が健康的でしょ」

「気持ちは分かるけどね」

「でしょ!」

満面の笑みと呆れたような笑みを日差しが柔らかく照らす。

「てことは、なんか面白いのがあったんだ。そういえば前に異世界転生ものに嵌りそうって言ってたけど」

「嵌った」

「嵌っちゃったか」

「めっちゃ面白いの・・・・・・。主人公が普通の人が多くて、それが全く常識の違う場所に飛ばされるから『どうしよう!?なにこれ!?』っていう気持ちに親近感が湧きやすくて、その中で異世界の人達とふれ合って影響を受けたり、主人公の考えに異世界の人が感化されたりするのがあーいいなー!って思うし、こっちの世界では普通にあるもので異世界の人がびっくりしたり、異世界の人にとってはすごいものだったりするとなんかとっても嬉しくなるんだよね!」

「めっちゃ嵌ってるじゃん」

「そうなの!あ、でも昨日徹夜したのは違ってね。乙女ゲームなんだけど」

「乙女ゲーム?」

「えっと、主人公の女の子が色々な男の子と出会って恋したりされたい救ったり救われたりするんだけど」

「あー、少女漫画の主人公になれるみたいな?」

「そう!で、私がやったやつは学園物なんだけど・・・・・・あっ」

「?」

「・・・・・・すごく、面白かったから、やって」

自身の口をぐっと抑え、その隙間から漏れるように聞こえるくぐもった声。一瞬教室に満ちる静けさ。それを打ち破るように笑い声が響いた。

「な、なにさぁ!」

「いや、めちゃくちゃかわいいなと思っちゃって・・・・・・。大丈夫だよ、私ネタバレOKなタイプだから」

「でも・・・・・・」

「むしろ面白いところとか全部知った上でやりたいんだよね。だからいっぱい話してほしいな」

「・・・分かった。私まだ4人目のルートの途中なんだけどね・・・・・・」

———私は異世界転生ものが嫌いだ。いや、苦手という分類なのかもしれない。異世界転生ものの主人公は皆、転生した先の世界で冒険したり、戦ったり、商売したり、まぁとにかくその生を全うしようとする。羨ましいなと思う。そこに適応できる器用さが。そこで生きよう、そこの人達に受け入れてもらえるだろうと思える精神が。たぶん異世界転生する主人公は皆、本当に心の底から明るくて優しくて幸せな人生を歩んできた良い人かクソみたいな性格だけど自分の事が大大大好きだから死んだ方が良いとか思いつかない幸せな人なんだろうな、と思う。まぁ主人公だし物語だからしょうがない。私が親近感を感じられるような性格の人が主人公とか目も当てられないもん。家族や友達は皆優しくて良い人なのに、その人は心の中で暴言吐いたり馬鹿にしたりを普通にやってしまうゴミみたいなクソ人間で、それを表に出すことも出来ずに良い人を装って生き続けてる面の皮が分厚い臆病クズ人間。こんな人間が死んで終わったらそれは祝うべきことであって、その人格のまま別の世界に転生するなんて許されない。世界にとって大迷惑。あぁ、予想できるなぁ。もしそんな私みたいな人が異世界転生したらその時は———

———すぐに自殺するだろうな———

「・・・!・・・・・・様!」

———そう思ってたことを———

「ほら!目が開いた!あぁ、カーネ様、私が分かりますか!?」

「絶対に大声は出さずお医者様の手伝いだけをするという条件だったでしょう、セビ。出ていきなさい」

「トレスフさぁん!」

「家政長です。とはいえ、カーネ様の意識が戻ったのは喜ばしいことです。旦那様や奥様に報告してもよろしいでしょうか、お医者様?」

「もちろん。しかしまだ予断を許さない状況です。面会は出来ない事もお伝えください」

「承知しました。セビ、本館へ報告を。ここを出る前に入浴と着替えを忘れないように」

「報告の後戻ってきても良いですか・・・・・・?」

「・・・・・・仕方ないですね」

「ありがとうございます!行ってきます!」

———今、思い出した———

「あ、あああぁああああああぁぁああああああ!!!!!!」

窓ガラスがビリビリと震えるほどの大声で少女は叫び、ベッドから飛び降り寝間着姿のまま走りだした。向かった先では使用人の制服を着た女性が扉を半分ほど開けた状態で固まっており、その足元を通り抜け廊下へ出る。

「か、カーネ様!?お待ちください!」

セビの悲鳴のような制止も振り切り、カーネは汗だくのまま階段を駆け上がる。

「カーネ様を捕まえてくれ!」

2階からすれ違いに降りて来ようとした看護師にセビと共にカーネを追いかけ走る使用人服を着た男性が叫ぶ。看護師は慌ててカーネを捕まえようと手を伸ばすがわずかに手が届かない。2階へ到達したカーネは近くの部屋に駆け込み、バルコニーへ続くガラス扉の鍵に手をかける。

「カーネ様!どうなさったんですか・・・!」

「!?」

トレスフ、続けてセビがカーネが入った部屋に駆け込む。その瞬間2人の目に入ったのは、バルコニーの手すりを乗り越えたカーネの姿だった。

「いやーーー!カーネ様!!!」

必死に追いすがる2人。しかしその手が捕まえる前に、カーネの身体は手すりの外側へ落ちていった。重力の働くまま、地面へと吸い寄せられるカーネの身体。

———よかった。これで終われる———

バキバキッと乾いた音がバルコニーの下で鳴る。カーネはちくちくとした痛みを身体全体で感じながらゆっくりと目を開けた。

「おや?」

園芸用の大ぶりな鋏を腰に携えた老年の男性が、目を丸くしながらカーネに近づく。

「カーネ様、お久しぶりです。覚えていらっしゃいますかな?庭師のルメリアです」

ルメリアは身を屈め、カーネと視線を同じ高さに合わせにっこりと微笑む。そして生垣の細やかな枝の中に埋まったカーネを丁寧に引っ張り出した。

「ご病気とのことで長らく顔を見れてなかったんで心配してたんですが、お元気そうで何よりです。いやぁ、まさか空をお飛びになるとは!・・・しかし、あんまりやられると爺の心臓が持ちません。危険な事は出来れば避けてもらえると爺は嬉しいんですが、カーネ様、お願い聞いてもらえますかね?」

俯いたままのカーネの髪や服についた折れた小枝や葉を優しく払いながら、穏やかな声で話すルメリア。次第にカーネはしゃくりあげ、トレスフとセビが着くころには大声をあげて泣いていた。

———最低だ。ごめんなさい。ごめんなさい。ルメリアが綺麗にしてる生垣壊して、心配させて、セビもトレスフも心配してくれてるのに、飛び降りる所見せて驚かせて。私はこんなにクズなのに、なんで私の周りには良い人しかいないんだろう。なんで良い人ばかりなのに、私だけこんなに最低な人間なんだろう。ごめんなさい———

———死にたいなぁ———



※あとがき※

https://youtu.be/t4qnQHiUTLU で書いてたら1話分書きあがっちゃったので投稿します。

勢いと見られてるかもしれない感って大事。

小説家になろう・pixiv・カクヨム・エブリスタにも同じものを投稿予定。

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