Milton H. Erickson の言行録より

問題と目的
 Milton H. Ericksonのアプローチについて書かれた本は多く、日本語に訳された文献も随分増えてきた。しかし、そのほとんどがエリクソニアンと呼ばれる人達が、その人の理解を通した解説であり、彼自身の言葉で書かれた臨床に対する姿勢やアプローチに対する 解説は多くない。そこで、本論では本人の言葉が記された文献に絞り、その言行を考察することを目的とする。

方法
 参考とする文献は、「催眠による治療―エリクソン言行録第 1 巻(Healing in Hypnosis: 以下 HT と略す)」、「催眠における生活構造のリフレーミング―エリクソン言行録第 2 巻 (Life Reframing in Hypnosis:以下 LRH と略す)」の 2 冊とする。その中にある彼自身 の言葉のみを引用し検討する。

言行の引用

①催眠の本質
「私は催眠を観念に対する感受性によって特徴づけられている特別な気づきの状態と定義したいと思います。」LRH p.255

「催眠とは特別な気づきの状態であり、観念に対する特別な感受性の状態であり、観念の本来の価値を求めて進んで吟味する特別な状態なのです。」LRH p.256

②催眠における無意識の心
「なぜなら私たちは、環境と意識的に接触を持つ必要があるからです。しかし、催眠の思 考は無意識の思考なのです。われわれは、ただ特定の観念に注意を払い、しかし接している状況での価値や重要性といった特定の考えに注意を払うのです。その種の思考では、不適切な環境には注意を払いません。なぜならそれは環境の一部ではないからです。催眠トランスでは、あなた方はたぶん私の言うことを耳を傾けるでしょう。そして単に私が与えた観念に耳を傾けるのです。」LRH p.257

「(中略)いいですか、夜の夢のなかで、あなたは記憶、観念、感情、そしてすべての種類のイメージ―運動感覚の記憶とイメージ、聴覚イメージ、視覚イメージ―あなたの全人生の経験を構成するすべての種類の学習の結果を用いているのです。あなたは文字通り、夢の中であなたが作り出している、現在の精神的な映像を生み出すために、それらすべての学習をよみがえらせるのです。それがまさに、あなたが催眠の中でしていることです。」LRH p.258

「(中略)夢を見る過程の中であなたは外的な現実を、あなたが経験している夢の内容に置換します。夢の中では外的な現実から刺激を利用するのと同様に抽象的な記憶や観念を利用する同じような機会もあります。それが医学や歯科学の実践の中で催眠がとても有益 である理由の一つです。患者に現在の現実から、彼らが使えるものをどうやって選択すれば 良いのか教える機会があります。すべての催眠現象は、普通の経験、通常の行動に基づいています。そしてそれらはコントロールされ、管理された方法で拡大され、利用できるのです。」 LRH p.258

③古いものに対する新しい準拠枠
「みなさんは患者がどちらかの方向に進んだとしても、患者が望ましい結果を達成するよ う考えを提示することになるのです。」LRH p.217

「そう、これは暦の上での時間や文字で示せる時間を意味しているのではなく、わたしは患者に時間の主観的な理解を変えるように勧めているのです。私たちはみんな、次のクリスマスに何をして過ごすかという世間一般の考えを持っています。わたしたちは次のクリスマスに何をしているのか、正確にはわかりませんが、ある何かしらの一般的な予想を持っています。そう私はわたしの患者に、まさにこの今を忘れ、その代わりに次のクリスマスや未 来、自分がどう過ごしているかを感じることを求めるのです。そう、そのとき彼は、“ 過去”を振り返ることができる。(患者達は時間を逆行し、あるいは時間を未来へ乗り越えることができるということを覚えておいてください―どちらの技法もあれこれと試行錯誤しながら考える彼らの能力が活かされるために用いられるのです)
「そして患者は、彼自身の有益な立場から方向づけられた物事を過去にもう起こってしまったこととみなすことができますから、彼は今や自らの決断から生まれてくる知恵を用いることができるのです!おわかりのように、あと知恵はしばしば、出来事をそのことが起きたその時間帯で有効だった理解を活用したり、焦点づけるといったことに過ぎないからで す。」LRH p.224

「何度も何度も私が患者たちに言ってきたことは、彼らがそのことを過去としてみたなら ば、ではその過去に対しての未来はについてはどのように考えを巡らすのか話し合うように質問することなのです。」LRH p.226

④抵抗の創造的活用
「ごめんなさい。あの部屋には固くて、背もたれがまっすぐなイスがあり舞う。わたしには、それが心地のいいものには見えません。運の悪いことに、あなたが座れるのはそこにあるイスだけなのです。」「その時、わたしはとても慈愛に満ちた念をもって「あなたはそこに少しの間しばらく座 っていると、あなたは「座り心地が悪くなるでしょう」と言います。そうそれが私のしたいことなのです。誰が座り心地の悪いイスなんかに座りたいのでしょうか?そして、私は彼に 満足させるように言いました。そう私は彼の抵抗を、彼が自分自身を満足させる状況を創造するのに利用したのです。彼は自分を喜ばせるために、セラピーを受けに私の元に来ていま す。しかし彼はまた、非常に多くの抵抗を私のところに持ち込んでいます。なぜ、彼の抵抗 を受け入れ、それを活かそうとしないのでしょうか?そう私は、あの座っても、ちっとも心地よくないイスに座らせ、そして彼がゆったり気持ちよくなるにつれて、彼自身が催眠に入 っていくのを彼に見てもらったのです。あるいは、もし彼が本当に抵抗して、そして、私は 彼をその不快なイスに座らせることができないのならば、その時はそのイスに他の誰かが 座っているのを見るように質問してみましょう。そして、彼は、そのイスに座った人が座り心地が悪いのを快く思わないでしょう。私は彼の抵抗を利用します。でも私は、この幻覚の見える患者をあの座りの悪いイスに座らせて、とても気持ちよく感じさせるという慈しみ を施すことができるのです。そして、彼も、また、幻の人物が心地のいいイスに座っている ことを望んでいました。つまり、彼は、自分自身の抵抗を自分で拒絶するようになるのです。」 LRH p.253

⑤催眠における変性した定位の治療的利用
「クライエントはあなたが提供するすべての刺激に反応しているだけの存在です。」HT p.129

「催眠トランスとは患者の中で起こる何かなのです。それは、患者が外界事物への定位を変える行動プロセスです。それらは、あなたやその他行動している全てに対する患者の関係 のとり方を変える。」HT p.129

「催眠において、クライエントは全体的に外界の事物への定位の在り方が異なる。患者は、 状況を全体的に、包括的に見ていて、それを認知し、必要なだけ十分に理解している。そし てそれに注意していて、周りの事物を漠然と見ていながら、彼は、周りの事物の大きな変化 が生じるまで、それを完全に忘れている。催眠被験者は大きな変化を除けば、何も認知しな い。」HT p.130

「注意はクライエントに関連があるとされるものに向けられるということが重要である。」 HT p.130

「あまりに、しばしば、催眠状況は患者の外界定位が十分に理解されていないめ容易にくずれてしまう。」HT p.131

「あなたの患者がその状況において何に関与しているかに気づくべきです。」HT p.131

「心理学実験で行われた多くの実験研究は被験者が何を定位しているか実験者がわからないと失敗する。我々が目覚めていようとトランス状態であろうと、我々は、外界の事物を我々の理解に従って定義する必要がある。」HT p.131

「クライエントが重要なことだけに適切な注意が向けられるように、クライエントの現実 を定義する必要がある。」HT p.131

「その定位と程度と特徴は何かということを見出す必要がある。」HT p.132

「具体的な外界の事物の場所で、記憶やアイデアや概念に頼ろうとする無意識の傾向を知るやいなや、あなたは、催眠被験者に幻覚を求めることが容易になる。」HT pp.132-133

「あなたが行ないたいことは、痛みの応対の具体的な現実から患者の注意をそらし、無意 識のこころの中にある間違いなく本物の概念や学習や記憶や経験である快適さに注意をむけさせることである。」HT p133

⑥催眠と内省における変容状態:内省実験(トランス段階に進行するプロセス・外界事物への定位の喪失・抽象的で概念的な事物の確立...)
「クライエントの定位が何であるかをあなたが認識すればするほど、あなたは治療的状況 を組み立てることができます。」HT p.240

「あなたのクライエントの現実の定位によって、あなたは患者の不安と筋肉パターンを処 理できるようになります。あなたが処理するためのどんな種類の現実定位をクライエント がオフィスに持ち込んでくるかを理解することは、確かにあなたの手助けになります。」HT p.140

「あなたのクライエントは同時に非常に浅いトランスと非常に深いトランスの状態にあるということをあなたが認識することは大事なことだからです。即ち現実のある部分には 軽いトランスに、現実の他の部分では深いトランスにあるのです。これらの違いに気づくことはあなたの義務とも言えます。あなたが不安、痛み、苦悩を治療したい時、患者が学んで いる現実と患者があなたから学ぼうとしている行動のパターンを区別できるからです。」HT p.142

⑦選択の自由の錯覚
「彼らは、私がある他の状況で異なるダブルバインドを彼らに課すこと、そしてその結果、 彼のニーズにもっと合う新しい異なるダブルバインドを彼らが使えるようになることを知 っている。しかしながら、あなたがもし自己中心的にダブルバインドを用いるなら、間違い なくあなたは患者を失うでしょう。」HT p.176

⑧カタレプシーと健忘
「われわれは各々、自分自身の独自のパターンで疲労に反応します。しかし、問題はカタ レプシーのバランスの取れた筋緊張はまた、平凡な日常の生活を特徴づけているものなの だということです。もう一つの催眠現象は健忘です。それによってあなたがたは、ものごと を素早く忘れることができます。トランス状態であなたがたは、どんなことを忘れることができるでしょうか。あなたがたは、名前を忘れることができますし、痛みを忘れることがで きます。〔しかし日常で平凡な生活でも同様に名前や痛みを忘れます〕LRH p.259

「すべての催眠現象は、普通の日常的な行動のパターンによって成り立ち、患者の為に意図的な目的に役立つように作り上げられているのです。」LRH p.260

⑨痛みコントロールにおける健忘症、時間歪曲、置き換え
「昨日襲った突き刺す痛みをもう思いだす必要はないのです。今現在感じている刺突痛を あなたはもう十分体験しています。もう十分です。なぜわざわざ昨日の痛みを思いだすので しょうか。さらに一週間の痛みを、二週間の痛みを、私にとってはナンセンスなのです。今 起こっている痛みに注意を向けましょう」と伝えて導入しました。「そして明日の 20 分おきに起こる痛みを思いだす必要が本当にあるのでしょうか。あなた はこれら鋭い、激しい、突き刺すような、切り刻むような痛みを本当に持つようになるでし ょうか」と。 「あなたは今日体験した痛みだけでも十分であると私は思います。明日のことを考える必 要はありません。明日さらにひどい発作が来ることを思い起こす必要はありません。もしも う一度痛み発作が来たら私は過去の出来事としてそれを、払い置くように忘れさすことが出来、それは大変素晴らしいことと思います。」と。 さてこれらの暗示は、それ自体は叶っているけれど、今現在 20 分おきに起こる急な鋭い、 刺すような痛みに対しては、まだ何もしていません。これらの鋭い、一時的ですが、刺すよ うな痛み、私はこの部分を取り扱うために、患者がそれを体験し続けるような時間歪曲を起 こす質問をしていました。
HT pp.272-273

引用文献
アーネスト・L・ロッシ/マーガレット・O・リアン(2012)催眠による治療―エリクソン言行録第 1 巻 亀田ブックサービス
アーネスト・L・ロッシ/マーガレット・O・リアン(2017)催眠における生活構造のリフレ ーミング―エリクソン言行録第 2 巻 亀田ブックサービス

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