システムズアプローチと家族療法の認識論について

はじめに
 システムズアプローチは、日本で生まれた対人援助のアプローチです。その背景には家族療法があります。本論では、システムズアプローチがどのような背景から生まれ、どのようなアプローチであるかの概要を把握することを目的とします。

システムズアプローチの誕生とその背景
 吉川(2016)は、“システムズアプローチは、現在までの家族療法に含まれている認識論を包括的に活用し、人間関係に変化をもたらすことを目的とした臨床対応の総称である、と考えられる。”と述べています。また、“学樹的な背景から見るならば、システムズアプローチは日本における家族療法の展開の中から提唱されるようになった亜流の家族療法的臨床技法群であると述べることもできる”としています。
 システムズアプローチという言葉が使われる以前に、遊佐(1984)は、「システムズ・アプローチ」という用語を使って、家族療法の各学派の特徴を整理して紹介しています。こうした遊佐の家族療法の各学派を整理するような文献が必要となった背景には、1950年代頃に海外で生まれた家族療法が日本に同時期に輸入されため、第一世代と呼ばれる家族療法(1950年から1960年代頃のファーストオーダーの家族療法)と、当時最新であった第二世代の家族療法(1970年代頃以降のセカンドオーダーの家族療法)が混在していたことが理由のひとつに考えられます。
 吉川(2016)は、1970年代以降の主要な家族療法を折衷的に実施した場合にカテゴリーが存在しないことから「システム論的家族療法」や「システム的家族療法」などの用語によって自らの立場を表明したことを踏まえ、“児島(1993)、東(1993)、吉川(1993)は、これらの用語に変わって、これらのシステム論を背景としつつも、精神分析的家族療法を(多世代間家族療法)を含まない、当時の最新の家族療法の理論背景に共通する部分を包括し、それらを「理論」とせず〈ものの見方〉とすることで、認識論的特性だけを強調したシステムズアプローチというカテゴリーを勝手に作り上げたと考えられる。”と述べています。ちなみに、児島(1993)は、児島(1998)『可能師としての心理療法』という論文集にも掲載されています。
 吉川(2016)は、“システムズアプローチが合目的的に作られたものの見方の集大成であるという前提があるためで、〈ものの見方〉はその合目的的対応のための仮定的な認識論だからである”と述べています。
 中野(2017)は、“システムズアプローチでは、理論という体系立てたものは存在せず、合目的的な〈ものの見方〉が求められます。最も重要なことは、人と人との「コミュニケーション」と「相互作用」について、これまでの諸理論や日常的な人間観とは異なる〈ものの見方〉が必要になる”と述べた上で、合目的的な〈ものの見方〉をシステムズアプローチの特徴とし、人間関係を扱うコミュニケーションの読み解き方を解説しています。
 上記のように、システムズアプローチは家族療法の理論的背景を包括しつつも、認識的特徴を強調した合目的的な対人援助のアプローチということができそうです。
 この合目的的という表現は、高橋(2011)の、“来談者(関係者)のニーズ(メタ・コミュニケーションも含む)に基き、そのニーズに関与すると考えられる人々の相互作用を「問題形成システム」とみなし、「システムの3属性」を手がかりとして「問題形成システムにおける相互作用の現状」を見立て、それらの相互作用の変化を促進する(介入)ことを通じて「問題形成システム」の解消を目指す。”という心理臨床におけるシステムズアプローチの定義と合わせて考えると、より合目的的な〈ものの見方〉が理解できると考えられます。

家族療法の歴史
 家族療法はひとりの提唱者から生まれたのではなく、各学派で生まれたアプローチの総称ともいえます。1950年代に、ネイサー・アッカーマンやヴァージニア・サティアらの活動(後にFamilyProcess誌の創刊へ)、D・ジャクソンの家族ホメオスタシスの提唱と、ジェイ・ヘイリーやジョン・ウィークランド等のミルトン・エリクソンの研究(後のMRIの設立へ)、グレゴリー・ベイトソンのダブルバインド理論、ウィン等の統合失調症の家族の研究、生態学的なソーシャルワークの活動、など同時代に様々な形態で家族療法の産声をあげています(歴史的な経緯を把握したい方はHoffmanの『家族療法学ーその実践と形成史のリーディング・テキスト』を、学術的に把握したい方は日本家族研究・家族療法学会の『家族療法テキストブック』を参考にしてください)。また、認識論的な立場からみれば、要素還元主義に対してより複雑な現象を、複雑なままに記述しようと試みたシステム論やサイバネティクスといった認識論の誕生も関係しています。
 また、誕生当初は家族の病理性を問題の前提としていたため、個人の問題を家族という単位に置き換えただけではという批判もあったと考えられます。また、家族に関与しながらも家族という対象を客観的に観察する視点やワンウェイミラーという構造的な方法にも批判があったと考えられ、その反省として自らもセラピスト自身もシステムに含めるという視点が強調される第2世代の家族療法が提唱されたという背景もあるといえます(Hoffman,1985)。

セカンドオーダーの家族療法の6項目
①“observingsystem”のスタンスをとり、治療者自身のコンテクストをも含むこと。
②(治療者ークライアント関係は)ヒエラルキー構造であるよりも協働的(collaborative)であること。
③ゴールには、変化を起こすことではなく、変化のためのコンテクストを設定することに力点を置くこと。
④操作的でありすぎないような方法。
⑤問題の「円環的」な評価。
⑥(クライアントに対して)非難的でも判定的でもない態度を見方をとること[Hoffman,1985]。

日本家族研究・家族療法学会編(2013)家族療法テキストブック,金剛出版.p.31より引用

 システムズアプローチでは、セラピストが対象となる家族システムを観察しつつも、自ら自身もシステムに含めた治療システムも観察するという二重性と矛盾を含んだ視点に立ちます。こうした視点は、上記のセカンドオーダーの家族療法からの影響を受けていると考えられます。

システムズアプローチの治療哲学
 中野(2017)は、“システムズアプリーチの〈ものの見方〉は認識論であり、良しも悪しも目的性もありません。ある種の「モノゴトを見るための色眼鏡」とも言える枠組みです。関係性への視点の切り替えを促すという方向性はもつものの、「個人は自立すべきだ」や「家族は仲良しの方がいい」などといった価値観は含まれないものです。”と述べています。こうした視点や考え方は、家族療法のセラピストの価値観は一旦棚上げするという考え方にも通じていると考えられます。また、合目的的な〈ものの見方〉というのは文脈(コンテクスト)によってその内容(コンテンツ)も変化するという考え方にも通じているとも考えられます。
 中野(2017)はシステムズアプローチの治療哲学として、“1)セラピストは主体的な治療・援助を行い、責任を有する。2)「問題」は人と人のやりとりのなかで生じ、また変化する。3)プラグマティズム(実用主義)。4)ニーズに応じたセラピー。”をあげています。
 実践での治療哲学、あるいは視点や考え方こそが、認識論的特徴を強調したシステムズアプローチの特徴であり、こうした合目的的な〈モノの見方〉、あるいは認識論が定着し、その目的性に応じた振る舞いを柔軟に対応できることがシステムズアプローチの習得といえるのかもしれません。
 そして、合目的的な〈ものの見方〉、あるいは認識という立場をとるからこそ、セラピストは主体的に面接による治療・援助というサービスを提供することが求められ、そこに倫理的な判断を含む責任が生じると考えられます。その面接は多様な来談者や家族(関係者)のニーズに応じて、来談者や家族(関係者)の負担が少なく、効率的で効果的な方法(実用主義)で、協働的(面接の目的やゴールなどのコンセンサス、合意形成を大切にしながら)に進められると考えられます。
 そこで、活用されるのがセカンドオーダーの家族療法でいうところの治療者自身のコンテクストをも含む視点であり、システムズアプローチでは治療システムと呼ばれている〈ものの見方〉になります。その時にセラピストは、家族システムがニーズを充足するような変化を安全に迎えられるようなコンテクスト設定していくのですが、その時にセラピストがどのように変化すれば(面前の相互作用やパターンにどのように応じれば)、治療的な関わり(セラピストの意図と振る舞い)になるのかという視点で治療システムを見立てていくと考えられます。

おわりに
 以上が、システムズアプローチが生まれた背景と、どのようなアプローチであるかの概要になります。ただし本論で記述したことは、あくまで筆者の理解であり、その詳細については引用文献を参照することをお勧めします。

引用文献
児島達美(1998)システムズアプローチから見た人間関係.(吉田圭吾編)人間関係と心理臨床,pp.81−94.培風館.
高橋規子(2013)高橋規子論文集 ナラティヴ・プラティクス セラピストとして能く生きるということ,遠見書房.
中野真也・吉川悟(2017)システムズアプローチ入門ー人間関係を扱うアプローチのコミュニケーションの読み解き方,ナカニシ出版.
東豊(1993)セラピスト入門ーシステムズアプローチへの招待,日本評論社.
Hoffman, L.: Beyond Power and Control:Toward a “Second Order “Family Systems Therapy. Family Systems Medicine, 3; 381-396,1985.
吉川悟(1993)家族療法ーシステムズアプローチの〈ものの見方〉,ミネルヴァ書房.
吉川悟(2016)システムズアプローチに必要な<ものの見方>の獲得,精神療法増刊第3号,金剛出版.
遊佐安一郎(1984)家族療法入門ーシステムズアプローチの理論と実際,星和書店.


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