銘柄 ①メビウスと私

【銘柄】これは恋でも無く、そこには愛も無い。ただ刺激が欲しくてライブハウスに通い詰めた女の子の話____。それだけ。

酸欠で頭がフラフラになったが、アンコールまで何とか持ちこたえた。今日は整番が良かったからセンターを取れたし、ボーカルがダイブしてきて背中を触ることが出来た。『ありがとうございました!negaoでした!』照明が落ち、歓声と拍手が起こる。皆ぞろぞろと出口へ向かう中、私はまだステージの前に突っ立っていた。「今日も気持ちよかったなあ。」「お!まるちゃん。まだ居たの?」「あ、松木さん、こんばんは。」ここの箱には毎日のように入り浸っているから店長の松木さんにはお世話になっていた。ちなみに"まるちゃん"というのは私の呼び名だ。松木さんが付けたのだが、私がMarlboroを吸ってるかららしい。この箱のバイトさんにもよく「まるちゃん」と声を掛けられるようになった。「どうだった?今日の遥(はる)くんのバンド。」「トリなだけあって、かなり盛り上がってましたね。10代にウケそうな歌詞とルックスだったなあ。」「お〜?まるちゃん気に入った?(笑)」「マッシュには目がないもんで(笑)」「そういえばまるちゃん、19歳だよね!遥くん19歳だったような…。」「え!同い歳ですか!」驚いて大きな声が出た。松木さんは食いつきいいね〜と言って小突いてきた。「お疲れ様です!」振り向くと、ギャラを精算しに来たボーカルが居た。少し伸びたマッシュからはまだ熱気が感じられた。「あ、遥くん。」ちょっと待ってねー、そう言いながら松木さんはカウンターの裏へと姿を消した。

「あ、お疲れ様でした。今日のライブ楽しかった、ラスサビの煽り、痺れました。」沈黙を恐れた私は咄嗟に話しかけた。彼は気の良い笑顔をうかべながら照れくさそうに「ありがとうございます。前にいましたよね!沢山腕上げてくれて歌いやすかったです(笑)」と頭をかいている。あ、今の角度いいな。目が少し隠れて、最高。

その後松木さんの奢りで打ち上げに行くことになった。negaoのメンバーにはバイトだと思われていたらしく、フロアに居たことに驚かれた。遥くんは「腕上げてくれてたの見えたけどね、俺は」と顔を赤らめながら得意げに言った。かれこれ3時間程飲んでいたらしい。周りはすっかり酔いつぶれてしまっていた。私と松木さんだけは相変わらずのペースでは滝のように酒を浴びていた。遥くんは気持ちよさそうに眠っていたので、松木さんがおんぶして1番近くの私の家に泊める事になった。私の部屋には色んなバンドマンが出入りした跡があり、Tシャツやら機材やらが散らかっている。遥くんをベットに寝かせて松木さんは帰っていった。私は床に横になって眠りにつく。フローリングの冷たさも、もう慣れっこになっていた。お昼すぎに目を覚ますとすぐに遥くんに謝られて、体は大丈夫かと問いただされた。どうやら飲んだ勢いで体の関係を持ったと勘違いしたらしい。私は必死な姿に吹き出したが、事情を説明してあげると安心したようだった。

それから2、3回飲みに行ったり、ライブに行ったりを繰り返した。いつしか「遥くん」から「遥」と呼ぶようになり、距離も近くなっていた。手を繋いで家まで帰る。ふと、道の途中で立ち止まり、目が合った。何となく目を瞑ると、緊張した様子の体温が唇を掠めた。にやりと笑って切りそろえられたマッシュを撫でる。真っ赤になった顔を隠すようにして遥が走り出した。振り回したビニール袋から紫の箱が道端に転がった。私たちはそれに気づかずに夢中で走った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?