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時は月を満たすけれど

 残業の日々が続いている。

 この街一番の花火大会は、隣のドームで鳴る爆音をBGMに時代遅れも甚だしい数字を打ち込むという無駄な作業を会議のために作っている。聞いてもあいまいな回答しかくれない入社4年目の先輩と、入社4か月足らずの私で。同じ時間を使うなら、好きでもない男とご飯を食べてホテルに行った方がましだと思うけれど、そうもいかないのが会社員というものらしい。

 

 ーまったく不毛だ。

 帰り道は、花火大会で浮かれたカップルを尻目に化粧がでろでろになった顔面と無駄に頭を使ってるのにデスクワークな頭と体の疲労感が反比例した不思議で不愉快な感覚と共に松屋に駆け込むのか・・・と退社後を想像してまた鬱になりそうだったが、幸いにもそんな時間には帰れず、結局日付の変わる寸前、当然駅周辺にすら浴衣の女の子なんていない時間に先輩の「もう帰っていいよ」が出たので、そそくさと「お先にしつれいします」なんて23時30分に滑稽な挨拶をして歩く。

 近道の風俗街を通る。歩きたくはないのだが、この道を通った方がかなり時間的に短縮できるからここ最近の私の日課となった。きっと、この呼び込みのお兄ちゃん達から顔なんて覚えたれたりするのかな?もしかすると先日の夏祭りで男と歩いていた女と今の私が同一人物だと覚えていたりする人もいるんじゃないかと思うくらいほぼ毎日ほぼ同じ時間に通っている。だけどこんな時間に女が一人で歩いてるのはきっとこの人たちには迷惑極まりないことだろう、男性客がお店に入りづらくなるだろうから。でも、ごめんなさい。一刻も早くご飯を食べたいのだ、私は。そして、寝たいのだ。

 最寄り駅に着いたら、今日の朝、台風のせいで大雨だった事を思い出した。いつもはここから自転車なのだけれど、ゆっくり歩いて帰ろう、と日々の生活の乱れへの焦りが一周してそう思った。ふと、空を見上げたら土曜の夜に男と見た三日月が、あの夜よりも少しだけ満ちていた。この月が満ちる頃、私は誰とその満月を眺めているのだろうか、というロマンチックな事よりも早くこの残業地獄が終わるのはいつだろうと考える。

 きっと週末になれば、またあの男が家に来る。大都会東京で消耗しつくした挙句、2年同棲した彼女が精神病でどうすることもできず地元に戻ってきた未婚36歳の男が。まだ一度しかセックスはしてないし、今後もセフレになるつもりはないのにどうして来るのか尋ねると、ただ淋しいらしい。私に会う理由としてセックスが第一欲求でない事はどんな理由でも喜ぶべきことなのだろうか、素直に喜べないけれど彼と一緒にいる時間は悪い気がしない。

 ー今週末は、彼とどこに出かけようか。

 そんなことを考えながら平日の夜を過ごす。とても、恋人みたいだ。私を満たしているのは、彼かもしれない。

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