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【創作大賞2024参加作】生か死か(第5部)・・・終息そして始まり
あらすじ
医療は、この地を支えている。施療の時代を乗り越えた医療であるが、此処、四駄郡では未だ施療を続ける医師がいる。積田医師はその一人だ。彼は異色の業種変更で医師になった。西町診療所を受け持つ彼に試練とも言えるパンデミックが襲う。彼が取る行動は医師を超える患者奉仕となった。
第4部の続き・・・
「うちはあと12人で終わりだな。」
積田は朝5時から夜10時まで接種を続け西町住人2628人全てを20日間で打ち終えようとしていた。
5時から始めたのは高齢者に合わせた為だ。
早寝早起きは昭和中期まで続いた子供のしつけの基本だった。
夜の10時は勿論働く現役たちに合わせたのではあるが最近の若い人達の生活習慣も考慮した。積田は敢えて接種の優先順位は作っていない。
そうしなくても医師の時間を患者に合わせる事で高齢者から若者まで満遍なく接種可能になる。それは誰もが早く打ちたいと思っているわけではないと感じてきたからでもある。
パンデミック直後の国土のありさまを思うと人々がより死という現実に近づきその世界に安心感を持ったのではないか、そう考えてしまう。
役所からタブレットにお知らせ動画を流してもらい、診療所に来ていない住人には訪問接種で対応する。
西町は、未接種者に役所から緊急告知を出してもらった。
北町の坂柵も積田に倣った。
西町診療所には接種待機組が大勢押し寄せている。
診察室で可能な限り無駄のないようにワクチンを打ち続ける積田の元に、腰を曲げた老母が入ってきた。
「トマキさん、喉のほうはどうですか。」
積田は注射針の交換をしながら蛭田トマキの体調を気にかける。
「ずっと息苦しかったかや、でも死ぬ事ばかり考えかやなんともないん。」
「それは苦しかったでしょう、でもトマキさんが昔打った予防接種で命は守られていたんですよ。」
意味が通じたかどうかは分からないがトマキの顔は何かを抱えているように思えた。
自分の勘違いかもしれないと思いながら出された腕に注射器を指し抜くと同時に「ガーゼを押さえてください」とトマキの腕から手を離した。
トマキは改まって言った。
「先生、うちの夫が今体調悪いかや、家で寝とんで来てくれんかやね。」
積田は「今夜伺いますね。」その言葉に疲れの色は無かった。
その夜、最後の一人となった蛭田少佐郎の接種が終わり西町は全員の接種が終わった。
診療所に帰った積田は自身の接種を自力で行った。
翌朝、診療所にあるパソコンのメールボックスに高山南病院からメッセージが送信されていた。内容は医師不足でワクチンの打ち手が欲しいとの事だった。
早速、坂柵に電話を入れ現在の北町の状況を聞いた。
「うちはあと三十人残っている、それに伐採作業でけが人が出てワクチン接種を止めざるをえなくなっている。」との事だった。
積田は早速北町診療所に向かった。
車を降りると挨拶なしに診察室に入り「坂柵先生、ワクチンのほうは私が。」と注射器の準備を始めた。
「ここは駄目だ。これから手術に入る。」
坂柵も素早く考え巡らしし用意を始める。
積田は迷う事無く待合室の患者を乗って来た車に戻るように伝えた。
全ての患者が乗合で同乗していた。
坂柵は積田の気転に感服した。
「車の中で接種か。」
ふと、医療現場の立派な建物が意味するものは何なのかという疑問が湧いた。
待合室の観葉植物、テレビ、棚に置かれた雑誌、それらが医療にどう貢献しているのか?
坂柵はどう考えてもお金の使い道にしか思えなかった。
積田と坂柵は町の接種が全員に行き渡った事を町内ネットワークで確認し、都市部の接種会場へと向かった。
都市部の病院は院内感染を防ぐためと他の外来患者の妨げにならないように駐車場をワクチン接種会場として、半径二十キロ内の開業医に任せた。
開業医のいない地域の患者を一手に引き受ける事でワクチン接種が急速に進んでいった。
積田は名軟見総合病院に来ていた。
「何だこの行列は・・・」
駐車場に設置されたプレハブの診察室の前には新型スマホの発売日の様に老若男女が列をなしている。
「確か都市部では高齢者から順にではなかったか」
不思議に思いながら患者を掻き分けて診察室に急いだ。
途中、行列の中の80代位の男性と20代ぐらいの女性が口論していた。
「高齢者から注射する事になっとるのに何で若いもんがおるんか」
戦争時代を引きずる憲兵の様な口調で若年女性を叱っている。
年上が先だろうとでも言いたげだ。
「人の命に若いも古いもないでしょ」
二十代の女性は老人には目を向けずスマホに何やら打ち込みながら空返事を続けている。
言葉を聞くだけでもうざい存在、しかとするにも腹が立つといった気持ちからか。
積田はどちらの言葉にも重みを感じた。
命の重さは全て同じだ。
だが、病院の警備員により高齢者以外の人達は整理された。
その際、病院のガラス窓が何者かに破壊された。
警備員が取り押さえたのが五十代くらいの紺のスーツを着た男だった。
男は両腕を警備員に拘束されながらこう言った。
「命を測りに欠けるのは閻魔大王のする事だ、この世の中は地獄なのか。」
とマスクを外し唾を飛ばしながら叫んでいた。
それをする事で感染を広めたい意思であるが、空気感染ウイルスにとってはマスクは殆んど効果を持たない。
簡易プレハブで出来た診察室に入った積田は、用意された注射器で次々に溢れ返った患者を減らしていく。
「矢張り病院という所は仕事に負担が無い、スタッフが付く事で劇的に変わる。」
改めて施療から医療に変り作業効率が格段に上がっていった背景に素晴らしさを感じていた。
午後四時、積田は看護師に次の患者を呼ぶように促したが、「先生、時間です。」と自分より年長であろうその看護師は接種の終了を伝えた。
意外な言葉にプレハブの窓の外を覗いた積田は「まだ居るよ。」と看護師の勘違いを指摘したが名軟見病院の診察は16時迄だと教えられ恥ずかしさを覚えた。
残りの患者は明日のワクチン接種の順取りだという事だ。
「予約制だと幾ら言ってもキャンセル待ちだと言って聞かないんです。」
看護師はやや呆れ顔で言った。
都市部は医療従事者から始まった為、ワクチン接種までの遠い道程を医療側が体験できないでいる。
いつ死んでもおかしくないウイルスが蔓延する中、何もしないで待てという方が酷というものだ。
積田は疲れない医療体制が患者を救う事に繋がっているのだろうかと再度考えを巡らせた。
医療と患者の間には痛みに対する認識の違いが大きな壁となっている。
痛みは患者にとって最大の悩みであるが医療側にとっては日常という解釈でしかない。
その隔たりは医師と患者の意思疎通として現れる。
学はあってもコミュニケーションが取れないというのは国の教育に間違いを感じるところである。
今日の接種が終わり滞在している病院側が取ってくれたホテルに戻ったが、日頃の疲れからは想像もつかなかった医療の負担の無さは積田に眠りを与えなかった。
「いっそ眠剤でも。」と思ったが睡眠に入る時の強烈な強制が積田には耐えきれない。
仕方なく四駄郡から抱えてきたパソコンのデータを眺めているといつの間にか机の上で眠りに落ちていった。
翌朝も積田は看護師が驚くほどのスピードで接種患者を減らしていった。
「次の方」
看護師の指示に従い診察室に入ってきたのは四十前後の男性だ。
「蛭田少太郎さんですね。」
聞き覚えのある名前に、積田は親近感から患者に訪ねるように話しをした。
「都市部にも蛭田姓があるんですね。」
少し緊張がほぐれた積田に男は意外な答えをした。
「いえ、私は山奥の僻地の生まれでして。」
恥ずかしそうに下を向く。
「もしかして四駄の方ですか?」
まさかと思いつつも地元と離れて仕事をしている寂しさから接種を急ぐ自分の心を押さえ聞いてみた。
「はい。」飛びつくような答え方で、少太郎は周りに看護師がいないのを確認した。
「じゃあ、トマキさんところの?」
「そうです。母を御存じなのですね。」
少太郎の目が少し潤み始めたように思えた。
「奇遇ですねぇ、私は西町診療所の医師で積田といいます。」
積田は丁寧にお辞儀をした。
突然、少太郎が積田に詰め寄るよな態で質問した。。
「母ちゃん、大丈夫でしょうか?」
四駄訛りでは無かったが何となく都市部の言葉のニュアンスでは無かった。
「トマキさんも少佐郎さんも大丈夫、安心してください。」
少太郎は再び下向きの顔だが、今度は安堵したようだ。
「言ってはいけない事かも知れないけど、たまには・・・」
家族それぞれには事情というものがある。
一概に親子が一緒にとは言えない事は積田にも分かっていた。
少太郎の肩とズボンを掴む手は震えていた。
「お大事に。」
診察室を出る少太郎は積田に深々と頭を下げ、消え入りそうな声で「有難うございました。」と去って行った。
積田は少太郎の心を覗いてしまったような気がして申し訳ない気持ちだった。
「彼本人が一番分かっている事だったな。」
いろんな人生がある。
社会の為にと考える事が大志と言えるだろう。
しかし家族の為にと人が考えればこの国を守ることに繋がるとも積田は思った。
都市部のワクチン接種も終息を迎えた。
積田はこの日が来るまでに人に関わらない日が無かった事を一番に思った。
医は仁術なり、医と言うものは医療や施療に作られるものではなく、人が人により人の為に作られるのだと。
医療だろうが施療だろうが関係ない。
「それでいい、さぁ、地元に帰ろう。」
四駄郡西町。
「お父さん、晩御飯にすっかや」
毎日が同じ言葉。
まるで同じ映画を繰り返しているように同じ時間に起き同じ時間に食べ、同じ時間に眠る。
年金生活の単調さに虚しさや後悔もなく、過去を振り返っては楽しかった事を何度も話し同じ時間を繰り返す。
「このままわしらは時間と共に消えていくんかや」
夕飯を並べ終えたトマキはそう思いながら、何時もの様に少佐郎が手を合わせるとそれに倣った。
その時。
「お婆ちゃん、お爺ちゃん。」
聞いた事のない肉声がトマキの耳に届いた。
トマキは付けっぱなしのテレビのほうを見た。
少佐郎もテレビに目線があった。
しかし、画面はニュース画面で男性アナウンサーがパンデミックの終息を伝えている。
それでも二人はテレビに視線を向けた。
するともう一度「お爺ちゃん、お婆ちゃん。」と聞こえてきた。
さっきは女の子、今度は男の子の声だ。
少佐郎は「近所の子供が来たんかや、何かあげんかや」とトマキに厳格な態度で呟く。
醤油煎餅を袋ごと持ってトマキが縁側の障子戸を開けた。
「母ちゃん。」
僻地が嫌で出て行った少太郎だった。
その両横には男女の子供と大人の女性が並んでお辞儀をしている。
「お爺さん、少太郎が四人になって帰ってきたかや。」
トマキの表情が女性らしさを取り戻した。
その後、国土は正常を取り戻し、かつて政治の力で作ろうとした抗細菌拡散装置の完成により、ナノウイルスは全国土から消滅した。
西町診療所。
「紗希、剪刀とピンセット、かんしの消毒頼む。」
積田はチェーンソーで太ももを切ってしまった患者の手術を終え、次の患者への診察を始める準備をしながら馬嶋紗希に片づけを頼んだ。
「分かりました。」
紗希は、研究所の椎茸種菌生成の仕事を辞め、共にウイルスワクチンで戦った積田の診療所へ転職した。
積田の人間に対する心の持ち方に共感した部分が大きいが、もう一つ積田に対しての恋愛感情が紗希の心を突き動かせたのも理由だ。
積田は後の部分には気付いていない。
紗希の研究所での仕事振りから資格に掛らない仕事をさせることにした。
機材の消毒に関しては、四駄の支援で自動洗浄機を導入している。
後は、患者の呼び出し、受付、会計、書類の配送などを担当してもらっている。
現在医療事務の資格取得を目指しているが、彼女は研究畑にいた経験から、医療研究者を目指して四駄の夜間大学に積田からの強い推薦により特別枠で学習中だ。
「白尾譲人さんどうぞ。」
紗希が案内した白尾が積田の前に座る。
「譲さん今日はどうしました。」
積田は何時も思う。
日々変わらぬ患者への最初の言葉、継続という意味では相手が安心するのかも知れない。
だが、コミュニケーションの面からいえば脳の無いありきたりな人間である様にも思える。
「積田先生、何とかウイルスはもう終わったんですよね。」
四駄の移住組はかなりの人々が倒れていった。
APWが継続していれば助かった命だった。
白尾もその移住組の若手で現在21歳。
積田は35歳で未婚だが、白尾は既に二人目の奥さんと3人の子供がいる。
16歳で結婚したと聞いた。
「ライノウイルスと言うんですが、ワクチン投与で死亡者が無くなりましたよ。何か似た症状が有りますか。」
白尾は少し戸惑い頭を触りながら呟くように喋った。
「ワクチンを打ってからしばらくして頭痛が激しいんです。」
「頭痛ですか。」
積田の脳内が研究所の赤色灯を表示した。
活性化する脳内に「もしかして血栓か」慌てるように言い寄る積田。
「殴られたような痛みではないですか。」
脳梗塞の症状を試してみる。
「先生は何でも分かるんですね。その通りです。喧嘩した時頭をやられたのと同じです。」
白尾の言葉は安心感を持ち始めていた積田に突然発生した緊急事態宣言だった。
ウイルスワクチンの有るべき姿が表面化した事を知らせた。
すぐに白尾を救急車に乗せ高山南病院へと搬送した。
そしてスマホで佐美恵に副作用の可能性を知らせ自分も医薬品ネットワークにアクセスし、ワクチンの副作用事例の報告書を閲覧した。
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