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【創作大賞2024・お仕事小説部門参加作】生か死か(第6部) ロボットアーム

あらすじ

医療は、この地を支えている。施療の時代を乗り越えた医療であるが、此処、四駄郡では未だ施療を続ける医師がいる。積田つみだ医師はその一人だ。彼は異色の業種変更で医師になった。西町診療所を受け持つ彼に試練とも言えるパンデミックが襲う。彼が取る行動は医師を超える患者奉仕となった。


第5部続き・・・


血栓の形成は血管壁の変化、血流の変化、血液成分の変化の三つの要因から始まる。
この事例では、ワクチンによる成分の異常変化が要因ともとれる。

「佐美恵先生どうでしたか?」

患者を診ている間も白尾の体がどうなっているのかが気がかりでしょうがない積田の様子に、紗希もいつもと違うと感じているほどだ。
まだ言うべき時ではない事は常識として分かる事だった。

「それがワクチンが要因かは確かではないですけど、大脳内に血栓が見つかっています。」

その言葉は、佐美恵から積田への余命宣告の様に空白の時を齎した。
何も言えない積田に佐美恵は優しくフォローする。

「全ての医師が覚悟して延命措置を勧めたのですからもしワクチン接種の結果血栓が出来たとしても副作用の一つとして対応に全力を挙げる事が我々の使命ですよ。」

積田にとっては救いの言葉ではあったが、全国土医療機関のワクチン開発より先に自分たちの精製したものを使うよう勧めた責任者としての重責が全ての慰めをはねつけた。

「どうすればいい。」

積田の不屈の闘志が重圧を押し返そうとしていた。
ふと、一つの考えが脳内から漏れ出た。

「坂柵先生に頼もうか。もう一度副作用専用ワクチンの精製を。」

既に積田のシュミレーションは固まりつつある。
北町診療所へコールした。
 

「それは別に構わないが、休診する理由は?」

積田は坂柵に自分の担当する区域の診察も頼めないかと相談した。
と同時に馬嶋紗希を北町診療所で働けるよう配慮してもらいたいと懇願した。
積田は理由として実家の親が体調を崩したと嘯くことにしたが、坂柵にはそうでない事は見抜かれている事は承知の上である。
積田がこれからしようとする事はAPW+CWXワクチン精製時の苦い経験をもとに責任元を自分一人にかけるという考えだ。
誰にも辛い思いをさせないというコンピューターの様に完璧な青写真で勧める計画。
人間が失敗から学習で得た結果だと強く思った。
坂柵は、深く探ることも無く了承し、紗希を事務方として臨時に雇う約束をした。

次の日、積田は聖地、四駄化学研究研に身を捧げ、血栓解消ワクチンの精製を始めようとしていた。
赤い通路を歩いている時、今そこにある危機というハリウッド映画のタイトルを思い出した。
医療関係の映画ではないが、タイトルの日本語訳が今の状況を表しているように思えたのだ。
チェス盤の扉には明かりは無い。
研究研は現在無人になっている。
種菌研究者の三人がそれぞれここから離れていった為だ。
定期的に研究者を入れ替える行政の方針により多くの椎茸種菌研究者を育てる事に繋がっている。
国土にもっと多くの椎茸農家が出来るよう尽力しているのである。
その事は積田も四駄ネットで知っていた事だった。
この後、半年ほどで新しい人材がこの郡にやってくる。
新鮮な気持ちと共に新たな研究をやり遂げる思いを痛烈に感じた。
研究研は、積田ら5人で生成した当時とは設備が変化している。
ワクチン開発以来APWを定期的に接種する方針が取られ精製用の研究室を一部屋設けた。
もともと5部屋あった一部屋に最新設備の研究室を郡の税金と寄付の両方で作り上げたのだ。
誰が自分の命を守るものに金を注いで反対するだろう。
一番と言っていい行政の金の使い道に誰もが賛同した。
公共工事に殆んどお金をかけないこの郡ならではの政策に移住組は益々増えている。

住民の夢を託した部屋は、第3研究室。第2の向かいの部屋だ。
それは新しい研究者たちに向けての郡の計らいでもある。
ドアを開けると過去の抗菌ビニールカーテンは取り払われ、AIによる機械操作機器が並べられている。
その情報も積田には了解済みだ。

「これなら自分一人で何とかなる。」

希望と現実が合致したITにたけている積田の為の研究室とも言えた。
ロボット工学に基づいた設備は究極に人的負担をなくす事が研究室内を見回して納得出来る。
設備の中心として部屋の真ん中に端末が置かれている。
その周りには研究機器を扱うロボットアームが3台取りつけられている。
早速積田は自分の有り得る限りのIT知識を注いで端末を叩き始めた。
高山南の佐美恵に頼んでおいた白尾譲人の血液サンプルも今日の時間指定で研究研に届く予定だ。
その前にこの設備の全容を把握しておかなければならない。
「端末起動と」パスワードは行政に理由を全て話し取得済みだ。
パスが了承されると全ての機材に電源が入った。
ロボットアームが小さく動く。
積田はロボット操作での端末の扱いは初めてではあったが、端末自体の操作は積田には容易い。
表示される用語に沿ってキーを押せばいいのだ。
集中している積田一人の部屋のドアがノックされた。

「行政の役員が心配でもして見学にきたのか。」

相手が分からずとりあえず返事をする。

「どうぞ。」

ゆっくり開くドアの向こうに女性の姿があった。

「紗希どうした?」

馬嶋紗希がそこに立ってお辞儀をした。
積田北町の診療時間のはずだと疑問を抱いた。

「先生、私にも手伝わせてください。」

知らせたはずのない紗希の言葉に積田は少しパニックになった。

「何故、私がここにいる事を知っている。」

紗希を帰らせるつもりで突き放すように言った。

「坂柵先生が教えて下さいました。佐美恵先生から連絡をもらったと。」

紗希の言葉に不思議な感じがした。
佐美恵先生にも研究をするという話はしていない。
其れを見透かすように紗希は言った。

「佐美恵先生のところに搬送された患者の血液について検査結果を研究研にファックスしたいとの事でした。」

積田はどこまでも甘い自分にあきれる事しかなかった。
だが、もう他の人に責任を負わせることはしたくなかった。

「ここはロボットが作業をやるんだ。一人しか人員は必要が無い。」

自分でも冷たい言葉だと積田は思ったが、紗希は食い下がる。

「私は医療研究者になろうとしている人間です。この作業は自分の真価とこれからの研究生活にとって無くてはならないものとなるそう考えています。それに・・・」

紗希は、積田の心の中に入ってくるように囁く。

「これからの人生を先生と一緒に歩きたいんです。」

彼女の言葉が理解できなかった。
何を言っているのか人生を一緒に歩くというのは意味を履き違えた言葉じゃないのかと思った。だが、紗希は積田の目を見つめ何も言わず、彼が何かを言うのを待っている。
じれったい気持ちからか、紗希は返事をしない積田に「私では役不足ですか。」と小声で呟いた。
慌てて返事を探す積み田だが矢張り何も言葉が見つからない。
見る見るうちに紗希の表情は鬱状態へと向かって落ちていく。
踏ん張りの効かない泥酔した女性の様に。
もうだめかと積田が脳を掘り起こすように放った言葉は「俺なんかでいいのか」だった。
恥ずかしさでどこにも行き場がない態の二人きりの部屋のドアが再びノックされた。
強盗犯が潜んでいたかのように慌てる二人を尻目にドアは開かれた。

「こんにちは、クール便です。」

積田と紗希は自分たちの行動に吹き出し大笑いをした。
理由の分からない宅配業者は少し不機嫌な顔を見せたが作り笑いをし素早く去って行った。

受け取った紗希から積田の手に渡ったのは勿論、佐美恵から届いた白尾譲人の血液サンプルである。

「来たか。」

積田は心強い味方を得て強く血栓薬の精製を決意した。
抗血栓薬はカプセル錠剤とする事に決めている。
インフル、APW+CWXワクチン療法が注射器によるものであったことを踏まえ、人間的負担を考えたものだ。
血栓溶解薬としては様々な方法が開発されてきた。
その過程で、アスピリン、チクロピジン、クロピドグレルなどがあるが、副作用を考え、APW専用の錠剤を精製する方向で考えている。
積田は、それでも危機が迫っている事に対して、今ある薬剤から、応用しないと間に合わない事も頭にいれていた。

「積田先生、いったいこの血液はどういうものなのですか。」

白尾譲人の血栓に関して積田はまだ周囲の人間には話していない。

「そうだな、全て教えておかないと手伝いようがなかったな。」

積田は、馬嶋紗希に白尾の症例を佐美恵からのサンプルを交え口述した。

「それじゃぁ、血栓によって心不全になり急性肺塞栓症を発症するという事ですか。」

紗希は血液サンプルだけでは資料が足りていない事に気付いた。

「CTによるヨードマップ、フュージョンは高山病院に頼んでいるのですか。他にカテーテル検査、シンチグラムなども。」

積田は落ち着いた顔で「高山先生に病院内の全ての機材を使ってほしいと頼んである。」と答えた。
紗希は、少し焼き餅を焼いた。
高山佐美恵は積田にとって私よりも大きい存在なのかもしれないと。
研究機材の扱いを紗希と一緒にシュミレーションしていると備え付けのFAXが送信を伝える。

「高山南病院からFAXが送信されました。」

機械音の響きに音声合成の少女アニメキャラを取り入れている為、二人共張りつめた気が抜ける。
研究室の隅にある端末に小走りに向かっていった積田が素早く端末を操作し、FAXコピー機から送られた暗号化情報を暗号キーで開くと高山南病院と言う白色文字が表示された。
スクロールして全体を見回すと文字列と画像、3D動画を含め30ページほどあった。
宿主本人の肺動脈画像、造影CT、肺換気血流シンチグラフィを合わせた所見が中心だ。
その資料から、血栓形成の要因が掴める。
血管壁の変化、血流の変化、血液成分の変化。
最後のページには白尾譲人の現在の症状が文字列と寝姿の動画で現されている。

「この方、確か白尾さんですよね。」

紗希にもこの患者の記憶が残っていた。

「そうだ。頭痛を訴えていた。」

積田の脳裏に診察した時の白尾の表情が蘇る。

「少し、意識が薄いように思えます。」

紗希も積田の隣で患者と接するうちに顔の表情からその苦しみや痛みが分かるようになった。
端末を操作して病院名の次ページに戻した積田はカテーテル検査結果の肺静脈画像から血栓の位置を紗希に見せる。

「これが問題のCTEPH血栓即塞栓性肺高血圧症だ。」

積田が静脈の血栓の位置を拡大させ紗希に見せる。
紗希は余りにも鮮明な画像に驚き「殆んど詰まって壊死してしまいそうですね。」と呟いた。
実際の血管の画像が高解像度で表示されている事で紗希の頭の中には既に頭の中に人間の肺静脈の人体図が浮かんだ。
紗希は分からなかった事を素直に積田に聞いた。

「今回も接種と言う事ですか。」

それはインフル、APW+CWXワクチンのいずれも継続的に接種していかなくてはならない事が続く中又、注射となると打たれる方が滅入ってしまうのではないかと考えたからだ。
積田は同じ事を考えていると頷き「今回はカプセルを作る。」と断言した。
紗希は作った経験の無さに少し慄きながらもカプセルの言葉の響きから楽しくなってきた。
積田は大まかなカプセル精製の手順を紗希に説明し始める。

「秤量から始まり造立、打錠、検査、包装という工程は頭にあると思う。」

紗希が逡巡し終わるのを待ち再び「秤量は、これを使う。」端末の周りに有る機材の一つを差し示した。

「ふるい測りだ。」

積田は紗希の表情を見ながら説明を続ける。

「この網に材料を乗せると自動で左右に動く。落ちる時には均一な材料が整う。下にある均一材料を乗ってある秤で計測する。」

紗希は、それを一周見回し「ふるうスイッチはどこに」と質問した。
積田は「あれだ。」と指をさした。

「端末ですか。」

紗希が納得顔で口を開く。
。二人は再び端末に戻り積田の指がキー上で跳ねると、自立式のアームロボットがふるい測りの方向に動作し、たどりつくと同時にふるいが左右に高速移動し始めた。

「すごい。」

紗希は初めてのAI機能の現実に驚きしかなかった。

「ロボットの赤い光を見ればいい。」

動きに惑わされ分からなかったが、赤い線上のレーザーが機材に当たっている。
互いのセンサーが感知する事で動くようだ。

「先生、もしかしてここにある機材全てオートメーション化しているのですか?」

紗希の言葉に積み田は黙って頷いた。

「それで一人でやろうと。」

積田のコンピューター知識は分からない紗希にも相当なレベルだと分かった。

「まあ、昔取った杵柄だな。」

薄笑いで返す積田に紗希は、「私は邪魔になりそうですね。」悲観的な顔で寂しそうだ。
情熱家の積田は取り乱しながら、「オートメーションにも人は必要だよ。」慰みにもならない言葉だと思いながらも、紗希は少し元気な顔を取り戻したように思えた。
紗希の気分は単純な事で変化したのではない。
自分を必要とする本能が積田の態度に表れた事からだ。
紗希の心の中では私は先生と付き合う事が出来るのかもしれないと、恋愛感情が湧き始めていた。
紗希は浮かれた気持ちを振り払うように自分の出来る事を探す。
今回のカプセル製造に必要な装置として、秤量器、造立コンテナ、フィルムコーティング装置、カメラ付きターンテーブル、PTP充填包装機、カプセル高速攪拌機、そして文字印インクジェット機が揃えられている。
文字印のインクは可食インク。
しかもそれを一つの自立型アームロボットで作業を行う。

「私が出来る事と言えば、、精製水などの資材をロボット君に渡すくらいですね。」

苦笑いの紗希に積田が言った。

「オートメーション化は人間にとって脅威に感じる人が多い、然し、全ての作業のトリガーを作っているのは人間だよ。」

「トリガーですか。」

積田の言葉に紗希はシステムを分けて考えそのきっかけを考えると全体が見通せるようになった。

「人間は、端末に座っていればいいでは無く、オートメーションの中でルールが追いつけないところに気付く事で自分の仕事を得る事が出来る。人間にしかできない仕事をする事でスキルがアップしていく。」

紗希はやりがいのある自分の能力の可能性をひきだす要素になると確信した。
更に彼女は、気持ちが落ち着くと積田の口から聞きたい事を思いついた。

「先生、カプセルの文字印はどんなものになるのですか?」

積田は笑顔で「athens01」とアルファベットと数字で答えた。
紗希は瞬時に気付いて積田に問う。

「アテネですね。どうしてですか?」

「私より君の方が詳しいと思うが、ウイルスの起源だよ。」

積田は理解を求める。

「BC430のアテネの疫病ですか。」

全国土の中心地のネーミングに紗希は納得した様子で答えた。

「それじゃぁ、始めようか。」

二人は、ウイルス根絶を誓い合い、カプセル製剤生成が始まった。
積田が端末の前に座り、紗希は棚からrt-paアルテプラーゼをロボットアームのそばへ置く。
紗希も血栓に関しての知識は持っていた。
然し、積田は紗希にもう一つそこへ置くように指示した。

「APW+CWXワクチンを」

紗希にはそれが何を意味するか理解できた。
二つの液体を合わせ、造立コンテナのドライ装置で粉末にし顆粒にする。
それがカプセルの中に含まれ人間の体内に入る。
紗希には、既に自分の仕事の最終工程が見えていた。

「血栓の溶解薬はrt-paだけでいいが、再発する可能性がある。APW+CWXを加える事で血栓の免疫効果を期待したい。」

積田は自分の意図する事を紗希に言葉で伝えた。
それほどAPW+CWXワクチンは万能のお墨付きが付いている。

マウスにイベルメクチンを投与し、血中でウイルスが蛋白質と結合しやすくしてもAPW+CWXワクチンを打つと、ウイルスは瞬時にたんぱく質から離れ死滅した経緯がある。
その事も紗希に詳しく、積田は言葉や動作で分かりやすく説明した。
古い考えにあうんの呼吸という言葉がある。
然し、現代社会ではそれが難しくなっている。
高齢者たちが積みあげたものは現代で通じ無い事が多く、その理由としてネット社会がある。
少し前に始まったオートメーションシステムから、人間の肉体だけでは仕事が出来なくなったからだ。
スーパーコンピューターによるAI技術の高度な発展。
人間の脳はより軟らかくしなやかでなければコンピューターを操る事が難しいのだ。
人と人との言葉によるコミュニケーションが現代人には必須となっている。
ニューラルネットワークからディープラーニングへ、ビッグデータを駆使するAIに人は負け始めている。
そのAI最新システムを積田はこともなげに操作していく。
紗希はその姿にパンデミック時の積田の言葉を思い出していた。

「コンピューターと言う言葉に騙されなければパソコンなどは単細胞な人間と一緒なんだよ。複雑化して行くのは使ってる本人なんだから。」

紗希は冗談と思い込んだ。
然し、次の言葉で納得出来た。

「例えば何故こうならないのか、何故こうしなければならないのか、私の思う表にしたいとか考える。端末は人間では無い事に人間が気付かない。パソコンが自分と言う人になる事が無いと思えば君の思う通りにしてあげよう。其れが、コンピューターとの接し方であり、人間がコンピューターを凌駕するところなんだよ。」

研究畑に長い間埋もれてパソコン一つ満足に使えない紗希にとって、曇りがちな脳が晴れやかに鮮明さを取り戻した瞬間でもあった。

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