名探偵になれるかな

店業務の半分はお客様からの問い合わせでできている。

半分は言い過ぎかなとも思ったが、いや控えめに言ったかなとも思う。下手すれば今日は新刊と補充以外は問い合わせで終わった、と終業後に仲間内でぼやく時もあるので強ち間違ってはいないはずだ。つまり問い合わせがなければ、発注やら棚整理やら常備の入れ替えやら、返品やらが進んだのにというやるせなさからくる、ぼやきである。

ひとたび売り場に出れば、問い合わせをされない日はない。勤務しているのが大型書店ということもあり、来慣れているお客様でもない限り、どこになにがあるのかさっぱり分からないのは当然だ。レジはどこ?とも聞かれるくらい、うちの書店は迷宮感がある。

「料理の本はどこにある?」「NHKのテキストは?」「教育書ってどこにありますかね」「登録販売者の本はどの棚?」「FPはどこだ」「すみません、今日発売の新刊棚にないんですけど」「DVの本はどのあたり?」「タトゥーのデザインってどこにあります?」「認知症の本は?」「伊坂幸太郎の本を探してるんだけど」

そして問い合わせも枚挙にいとまがない。すんなり案内できるのもあれば、そうでないのもある。DVは内容によっては人文か社会かに分かれる。認知症も診られる方と診る方で人文と医学に分かれる。伊坂幸太郎に関しては、うちの書店は出版社別に棚が分かれているので、この棚とこの棚とこの棚と巡って案内する必要がある。

でもこれらは難物ではない。難易度が高い割に、結構な頻度で訊かれるのが

「タイトルは分からないんだけど」

これだ。

いやいや、そりゃない。タイトルが分からなければ探しようがない。作者名はと訊けば、それも分からないということも多い。でも、お客様は当然のようにその問いかけをしてくるのだ。そしてそのお客様の目は期待でキラキラしているのだ。書店員のあなたなら分かるでしょう?と。

考えてみれば、それは無理難題ではないのかもしれない。例えば服屋に行って、こういう感じの服が欲しい。というのと同義なのだ。多分、お客様にとっては。

だから、タイトルが分からないなら探しようがないですね、と断ることはしない。どれどれ、じゃあなんとかその本を探してみましょうということになる。タイトルは分からないけれど、○○に載ってた。ラジオで紹介されてた。表紙が〜だった。作者の名前は漢字三文字だった、などなど手掛かりをもらいグーグル先生の手助けを借りて推測するのだ。書店員はその時、探偵になる。

「なんか、ほらテレビに出てたんだけど、食ってろみたいな本よ。今、売れてるんでしょう?私、それが欲しくて」

といっても、もらえる手掛かりはこのように乏しいのが殆どだ。売れている本、そして食ってろ……?

「料理本ですか?」「違うわ。なんかねえ、楽になれる本」

「もしかして、こちらですか?」

サンクチュアリ出版 多分そいつ、今ごろパフェとか食ってるよ。 https://www.sanctuarybooks.jp/book-details/cate00053/book1014.html

「そう!これ!これよ!あー、パフェねパフェ食ってるよ、ね。あなた、よくわかったわねー!」

お客様はすっきりとした顔で本を受け取りレジへと向かった。私もすっきりして、にっこりとそれを見送る。たまにこうして名探偵になれることがあるのだ。

でも

「○○の単行本はあるかしら?孫に内緒でプレゼントしたいのよね。でもどの巻を持っていないのかは分からなくて」

流石にこれは、お手上げ案件である。お孫様のご両親に訊いた方がよろしいのでは?と白旗を掲げ、月並みなアドバイスをするしかないのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?