野球ライセンスとゲームの歴史 ―コナミへの風評は正しいか?
さて皆さんクイズです。「ゲームにおいての野球の実名ライセンスを独占契約した初の企業」はどこでしょう?
ヒントは、コナミではありません。
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はい、正解は「バップ」でした。
これをX上に投稿したところ結構な正解率で驚きました。皆さんはわかりましたか?
この記事ではゲームと、日本のプロ野球の実名ライセンスとの関わり合いと、コナミのやらかしについて深く解説していきます。よろしくおねがいします。
1.野球ゲームと実名選手の登場の歴史
まず、野球ゲームの大まかな歴史を辿ってみましょう。
日本の野球ゲームといえばファミリーコンピュータ(以下ファミコン)の任天堂ベースボールが有名です。
これより前にセガがアーケードゲームで「チャンピオンベースボール」を稼働させており、その移植版としてSG-1000/SC-3000でも発売されました。
さらにこの前……となると、カセットビジョンで「ベースボール」が発売されていますが、これはどうやら野球盤をカセットビジョンで動作させるようなもので、いわゆる野球ゲームとはちょっと違ったものでした。なので知名度等を考えると、完全な元祖ではないとはいえ、概ねファミコン版「ベースボール」が皆の知ってる野球ゲームの起点となるのではないでしょうか?
ただこのファミコン版「ベールボール」、球団はイニシャルだけですし、選手もすべて同じ顔で、能力差がなく均一。守備はほとんどオート操作なので、今の視点からみるとかなり大人しいゲームデザインでした。当時のROMカセットの容量から見たら致し方ないかもしれません。
状況が変わってくるのは1986年にナムコから「プロ野球ファミリースタジアム」が発売されてからです。
通称ファミスタのこのゲーム、きちんと選手一人一人に走力や打力、スタミナが設定されており、しかも選手の多数が実名でした。球団名こそ架空であり、かつ容量の問題か10チームに削減(選手は統合された形です)されており、一つはナムコオリジナルの球団でしたが、これが大人気となります。ちゃんと守備時にも操作できるようになり、ピッチャーの交代や代打の存在が追加され、ゲームデザインは非常に洗練されました。当時の子供たちは友達の家でファミスタに触れ、対戦に夢中になり、そして自分用のファミスタをせがむようになりました。こうして爆発的ヒットを迎えます。
そしてもう一つ、翌年の87年にはジャレコが「燃えろ!!プロ野球」が発売されています。
通称燃えプロはROMカセットの容量限界を超えた合成音声を搭載。選手の投球フォームや打撃フォームを再現し、ホームランや投手交代のときには様々な演出が広げられます。ゲームデザインといった面では……まぁ色々と問題が見られる作品でしたが、この作品もバッチリ実名選手を採用しています。背番号も実名選手とほぼ一致しているそうです。
ファミスタ、燃えプロの両方は大ヒットを記録しましたが、実際の売上としてはファミスタが200万、燃えプロは150万を記録しています。売れに売れたという表現が適切でしょう。ファミスタはその翌年にマイナーチェンジ版である「プロ野球ファミリースタジアム'87」を発売し、100万本以上売りました。
ところが問題が発生しました。球団側が「なんでうちの選手の名前を勝手に収録しているんだ!」と抗議に来たのです。
……そうです。ナムコ・ジャレコ両社とも、無許可で実名選手を使っていたのです。なのに売れに売れてしまったがため、三球団が抗議にやってきました。当然対処を迫られたわけですが、ナムコは続編である「プロ野球ファミリースタジアム’88」を発売する際、収録してあった選手を全部仮名に差し替えました。そこで生まれたのが「くわわ」「はり」「きよすく」といったもじり選手だったわけですね。(それにしても「きよすく」て)
燃えプロも続編の「燃えろ!!プロ野球'88 決定版」を出すときには仮名に差し替えています。
今の視点で見ると「そもそも許可を取ればいいのでは?」と思ってしまいがちなのですが、問題点がありました。「12球団全部から許可をどうやって取るんだ?」という大きなものが。許可を取ろうにも球団ごとに基準が違うもので、「同じ条件で契約してください」といっても一つの球団が拒否してしまったらその時点で「実名使用のプロ野球ゲーム」と銘打てなくなってしまうわけです。なかなか難しいわけですね。というわけで仮名選手対応となりました。
ところがこの厳しい事情を見事まとめ上げた企業があります。そう、それが記事の最初で登場したバップです。
2.バップの手腕と実名選手の広がり
バップは日本テレビの子会社で、つまり読売新聞の孫にあたり、読売ジャイアンツ関連の企業です。本業としてはレコード会社で、日本テレビ制作のドラマやアニメを販売しています。日本テレビ外の、他社のサウンドトラックの販売も手がけており、結構手広くなんでもやる企業、というイメージですね。
バップの手広さはゲームにも届きました。あの「元祖西遊記スーパーモンキー大冒険」はバップ発売です。その後、88年には「スーパーリアルベースボール’88」を発売しますが、このゲーム、なんと選手も、球団も、すべて実名です。バップは12球団すべてを回って、すべての球団から許可を得ました。
そもそもバップは出自が読売系列なので、ジャイアンツとの契約はほとんどスルーで、何の問題もなく行えたそうです。
なのでそのまま伝手を使い、他球団を回って契約できた、という流れですね。バップはそのまま独占使用許諾を結ぶことができました。
ここで勘違いして欲しくないのが、バップは独占使用許諾は受けていたものの、他社の排除は行っていない、という点です。バップは他社にサブライセンスを許諾しています。例えばPCエンジンでインテックが発売した「これがプロ野球'89」はバップ経由でサブライセンスを得て実名選手と実名球団を収録しています。
説明書にきちんと©VAPの文字が確認できます。
バップが先陣を切り、ゲームと実名選手を結びつけたわけですが、ここにまた新たな問題が発生します。ナムコ・ジャレコがとりあえずで行った仮名選手措置が次第に球団・選手側から問題視されるようになりました。
この頃、野球ゲームはファミスタ・燃えプロ以外のものがどんどんと出てくるようになりましたが……たとえばタイトーが発売した「究極ハリキリスタジアム」では「こまった」「きよまら」なんて名前がありました。なので次第に「これはプロ野球のイメージ低下に繋がるのではないか?」という懸念が生まれてきたのです。
この問題に対応したのも、バップです。バップは1990年から独占契約を解除。野球機構はきちんとしたレーティングを定め、バップは他のソフトメーカーの仲介を行い、実名選手を採用するように勧めていきました。この頃のレーティングは「12球団を平等に扱っているか、プロ野球、または選手のイメージを損なう要素がないか?」といったもので、かつライセンス料はゲーム価格の3.6%程度だったとのことです。
これは双方にとって利がある話でした。ゲーム会社としては実名選手を収録して箔を付けたいし、ゲームに興味が無い層にもアプローチが出来る。12球団側としてもライセンス料がもらえる上、この頃の新人選手の中では「ゲームに名前を出して貰いたい」という要望もあったそうです。その仲介役はバップが行い、急激に実名選手は広まっていきました。ファミスタ92では仮名選手でしたが、翌年のファミスタ93では実名選手の収録に切り替わりました。ジャレコのスーパープロフェッショナルベースボールも仮名選手でしたが、続編のⅡでは実名選手を収録しています。
ちなみにバップはゲーム内容をチェックし、必要があれば指導し、さらには各社のライセンス料の振り込み先にもなりました。バップは野球ゲームの旗振り役として存在感を発揮するようになります。このことを燃えプロの作者、関雅行氏はこう述べています。
というわけでゲーム業界と野球界はバップを通じて親密な関係を築いていったわけですが……。この後、ゲーム業界と野球界双方が揺れに揺れる事態が起こります。
3.コナミの独占ライセンスとスクウェアとのいざこざ
コナミは野球機構と提携し、かつてバップが有していたような「日本野球機構が保有するプロ野球12球団の知的財産権について,ゲームソフトの制作及び販売促進手段として独占的に使用する権利」を2000年に取得しました。長ったらしくてわかりづらいので以後「独占ライセンス」と呼称します。
この独占ライセンス、有効期限は2000年4月から2003年3月までの三年間で、かつサブライセンスは相手が暴力団関係者のような反社集団でない限りは認める方針でした。
実際、コナミは非常に速やかにサブライセンス交付を行っています。2000年8月時点ですでに7社と契約済みであり、続けて5社と契約交渉中であることを発表しています。
ここで皆さんが疑問に思うのは、おそらく「じゃあ何が独占なんだ?」という点ではないでしょうか。名前が名前だけに、「コナミは他社のソフトを排除するために野球機構に金を積んだのだ」という言説がでることがありますが、これは明確に誤りです。
東京大学法学部の大久保直樹氏の推察ではありますが、「他のソフトメーカーとサブライセンス契約を結ぶ課程で、他のソフトメーカーの動向を一定程度把握することができる」という利点がありました。コナミはこの点を見て、スポンサー料を野球機構に支払ったのではないでしょうか。そして細かなやり取りはバップを通す流れをそのままにしています。独占ライセンスとはいえ、独占したのはあくまで窓口だけであり、その実態としては旧来と変わりがありませんでした。
そんな流れでしでかした企業が一つありました。スクウェア(現スクウェア・エニックス・ホールディングス)です。
1999年当時のスクウェアはEAと提携し、海外のサッカー選手の実名権を有していました。コナミに対して野球のサブライセンスを貰いに交渉に来た際、その点を注視したコナミ側が「そのかわりにFIFA関連の権利をサブライセンスして貰えないか?」と提示しました。
しかしスクウェアはこれを拒否します。お題目としては「EAとの合弁会社が権利を有しているので、日本側だけでは決められない」というものでした。その合弁会社の役員にはスクウェア社長の武市氏が参加しているはずなのですが。
スクウェアが首を縦に振らないのならばコナミとしてはどうしようもなく、改めて交渉しますが、スクウェアはこれを一方的に打ち切ってしまいます。
コナミ側が戸惑っていると、スクウェアは2000年2月、「劇空間プロ野球 AT THE END OF THE CENTURY 1999」を発表します。
まったく認識していないタイトルに驚き、コナミ側は野球機構に連絡をいれますが、野球機構からは「コナミの独占ライセンスが有効なのは2000年4月から。それ以前に発売されるのならば問題ない」という回答が来ました。
つまりあと2ヶ月以内に発売されれば、スクウェアの行為になんの問題もありません。しかし案の定、開発遅延により発売が延期されてしまいました。
スクウェアとしてはコナミと再度交渉しなければならない場面でしたが、その対応は斜め上をいきました。なんとコナミをガン無視して野球機構契約済みと銘打ち、広告活動を始めたのです。これには流石にコナミも看過できず、スクウェアに抗議をいれますが、スクウェアからの返事は「特許侵害はありません」でした。どんどん話がおもしろくなってこじれていきます。
そしてEA絡みのサッカーライセンスの件も、スクウェアの当初の説明と実態が違っていた(堂々とスクウェア流通でEAタイトルを取り扱っていたそうです)……ということで、コナミはスクウェアに説明を求めましたが、スクウェアの説明でコナミが納得することはありませんでした。さらに不信が積み重なっていきます。コナミはスクウェアにサブライセンスを与えることを踏みとどまりました。
このあたりのゴタゴタは週刊誌のネタになりました。AERAは「野球ゲーム コナミ・スクウェア戦争」という特集を組み、アサヒ芸能も「プレステ2「劇空間プロ野球」お蔵入りの真相 / 「W杯肖像権」のバトルが飛び火した!」と続けて特集を組みました。
ところがこの時期、コナミは非常に嫌われていたのです。1999年にジャレコを特許侵害として訴えていました。その後、矛先をナムコにまで広げていきました。なのでユーザーとしては「音ゲーを全部コナミが牛耳る世界になるのではないか」と不安を抱えていたころです。その上で「野球の実名ライセンスの独占権をコナミが得た」となれば、不安がさらに加速するのは当然ではないでしょうか。その不安にいくら誤解が混じってるとはいえ。
なのでコナミが何をいおうと、「コナミが悪どいことをしてスクウェアに嫌がらせをしているのだ」という解釈に落ち着いていきました。この頃、BoycottKONAMIさんが「コナミが他社の商標を勝手に登録している!」と騒ぎ立て、この件でもコナミを攻め立てています。私含めた多数のコナミファンが、コナミを攻め立てました。
このスクウェアの野球ライセンス回りの認識は完全にアウトだったんですが、その後ようやく自らの過ちに気がついたらしく、野球機構に無断使用広告の件を謝罪しました。
そして改めてコナミとの交渉の席につき、コナミとゴタゴタしながらも、なんとか契約に至った……という流れでした。スクウェアが劇空間プロ野球を発売できたのは2000年9月のことなので、遅れに遅れた、という表現がぴったりです。これでいて選手データは1999年のものでしたから。コナミとの交渉を上手くやっていたら、もう少しはやく発売できたのではないでしょうか。
ところでなぜスクウェアがこんなことをしてしまったのか? というと、資料がないため探りようがありません。ただ2000年というと、スクウェアは調子に乗りに乗っていた時期で、2001年初頭時点でも任天堂から出禁を食らっていて任天堂と全く交渉できていないにも関わらず、GBAにタイトル供給予定と社内文書に勝手に書いていたこともあったくらいです。「劇空間プロ野球」というタイトルも日本テレビ経由できちんと契約した(元々劇空間プロ野球というタイトルは、日本テレビの野球放送の名称でした)ので、ウチの契約のほうが上だし、4/1以降も有効だ、コナミなんか知るかくらいに思っていたのかも知れません。その後、映画ファイナルファンタジーで思いっきり赤字になったので反省したことと思います。
こうしたいざこざはユーザーに大して不信感を植え付ける結果になりましたが、それでもなんだかんだで収束に向かっていきました。その二年後に、再度この事件を引っ張り出すところが現れるとは、この時だれも予測していなかったのです。
4.内紛勃発
裁判が起きました。日本プロ野球選手会(以下選手会)が、コナミと野球機構を肖像権の侵害で訴えたのです。
この事件は非常にややこしくわかりにくいので、かいつまんでざっくりと解説致します。
まず日本のプロ野球選手は球団に入団する際、「統一契約書」という書式の契約書にサインをします。この統一契約書には選手の肖像権の扱いが記載されており、「球団側の判断で他社にライセンスを渡して良い」的な記述が載っています。この統一契約書に基づき、球団側は選手の肖像権を野球機構に委託しています。野球機構は12球団の委託を請けた形になるので、自らの判断でゲーム会社とスムースに契約することができます。そして2000年から3年間、その窓口をコナミに貸した、というのが独占ライセンスの流れになります。
ところが選手会は「肖像権は個人に帰属する。どのゲームソフトにどのように出演するかは選手個人が決めることで、球団が決めることではない」と言い始めました。この時代、個人の権利の拡大が叫ばれた時代であります。そもそもゲーム会社からのロイヤリティを分配する流れを決めるのに、選手の意向が入っていませんでした。この時代にはコナミを窓口にし、バップが回収し、バップ分の手数料を抜いたあと野球機構に渡すようになっているのですが、その野球機構も手数料を引き、その後12球団に分配され、そこからさらに球団と選手で分配……というのですが、この流れの手数料のパーセンテージ制定、球団と選手での割合も、球団からは事後報告しかありませんでした。その上、95年時点のマリーンズのゲームソフトのロイヤリティ配分は、球団10の選手0、なんてこともあったそうです。
またこれはゲーム外の話になるのですが、ベイスターズが昭和48年からプロ野球カードのロイヤリティを30年間選手に一円も渡していなかったことが発覚したことも、この裁判を起こすきっかけになっています。
そのため2000年頃から野球機構相手に「この状況はおかしくないか?」と、なんども話し合いを続けていたのですが、「そもそも統一契約書にサインしてるでしょ?」ということで選手会の意見が通ることはありませんでした。そのため法的手段に出た、という流れです。その統一契約書は無効だ! という理屈で。
そしてその根拠として、コナミとスクウェアのいざこざが持ち出される流れとなりました。
つまり「コナミに独占ライセンスを付与した結果、せっかく作った野球ゲームが発売できない結果に陥った。こんな状況は健全ではないし、こんな会社に独占ライセンスを与えた野球機構は信用できない。肖像権は選手個人の管理にすべき」という理屈です。
この件では非常に選手会に都合のいい持ち出し方をしています。……まぁ「交渉の席を一方的に蹴って、無許可で広告を行っていた会社にも速やかにサブライセンスを付与すべきである」とは、いいづらい面はあったと思います。
ところが選手会が裁判を行い、こういう宣伝を行った結果、よりコナミのイメージが悪化しました。「あの時のコナミはやっぱり悪かったのだ!」という印象へ突き進んでいきます。「いや、あのときのスクウェアも結構やらかしてたよ?」という指摘はほとんどありませんでした。
選手会の追い風が続きました。2003年4月には公正取引委員会が、コナミに警告、野球機構には注意を行いました。「サブライセンスを行う手はずだったのに、一部で遅延させる行為が見られた」という内容です。警告は法的措置ではないのですが、「証拠不十分ではあるものの、独占禁止法になる疑いあり」という結構重い処分です。(ただしこの時点ですでにコナミは独占ライセンスの契約が切れており、更新もしていません)スクウェアの件はNG行為であると釘を刺されました。
「交渉の席を一方的に蹴って、無許可で広告を行っていた会社にも速やかにサブライセンスを付与すべきである」ということです。
野球機構も注意を受けていますが、そもそも野球機構側も「勝手にライセンス許可を取ったと言い放ったメーカーに対する対処」というのは流石に想定外だったと思われます。どう対処したらいいのかわからなかった、というのが実情だったのではないでしょうか。
いずれにせよこれによりコナミのイメージはさらに悪化し、選手会のイメージは上向きました。「やっぱりコナミは悪いことをしていたんだ!」とユーザーは思うようになりました。その具体的な事例がどういうことだったのか、誰も詳しく調べなかったのです。
そもそもコナミの主目的は「野球ゲームの他社排除」ではありません。それが許される契約ではなかったわけですから。あくまで「他社がいつ野球ゲームを出すか」の情報が得られれば十分、程度のもくろみだっただろうわけです。ですが独占契約というネーミングと選手会からの裁判、そして公正取引委員会の警告が相まって、コナミのイメージダウンがドミノ倒し的に進んでいきます。負のピタゴラ装置です。
法廷外でコナミと選手会は交渉を続けました。その結果、コナミと選手会は和解を行い、訴訟は取り下げられました。コナミは「野球機構側の裁判判決に従う」という内容での和解です。
裁判はコナミ抜きの、野球機構と選手会で継続することになりました。コナミからしてみたら「野球界の内輪もめに巻き込まれた」という状態ですし、イメージダウンも見逃せないレベルに至っていたという認識でした。なにせインターネット上ではコナミの不買運動が起きていたのですから。
そもそも振り返ってみてみると、バップが切り開き、野球機構とゲーム業界が共同で「野球選手の実名」に関してルールを策定しながら、ロイヤリティを渡していくWin-Winの関係であったはずです。独占ライセンス云々もバップがかつて行っていた過去があったわけですし、一時的に再びその地位に就く、というのに問題があるとは考えていなかったわけですね。で、就いたあとから選手側から「その契約は無効だ」と言われてしまったわけで、青天の霹靂もいい具合と思います。
その後、選手会と野球機構は交渉を続けていましたがあえなく決裂。2005年5月に第二次訴訟を起こしました。その際でも「コナミに独占ライセンスを与えた結果、他社から野球ゲームが出なくなるという事態に陥った」と非難しています。コナミと選手会は和解したはずですが、コナミへのボディブローは止まりません。
このあたりは「選手会が裁判に勝つための戦略の一つ」ということで理解できなくはないんですが、そもそもの「球団側が選手に配慮することなく勝手に配分を決めていた」ということに、コナミは全く関わってない話なんですよね。むしろ多額のスポンサー料を支払う立場だったわけですが、結果的にはイメージが悪化して終わったというなんともな話になりました。
5.裁判結果とその影響
この裁判の判決はどうなったでしょうか? 裁判所は「統一契約書に問題なし」という判決を出しました。つまり、選手会の敗北です。統一契約書の中には「宣伝目的のためにいかなる方法でそれらを利用しても、異議を申し立てない」という文面があったのですが、ゲームソフトやプロ野球カードもその「宣伝目的」に含まれているので、球団や野球機構が選手のデータを他社にライセンスするのは適法だ、という判断です。
選手会はこの判決を不服とし、控訴しましたが、高裁でも同じような判断が下され、上告したあとも最高裁はこれを退ける判断を下しました。そのため選手会は敗訴が確定したのです。
ただし、選手会の言い分である「独占ライセンスのせいで他社からゲームがでなくなり、野球ゲームが衰退した」という論説は無批判でユーザーに受け入れられ、今でもネット上でそう発信するアカウントを見つけることができます。
実はこの論説は裁判内でも広げられており、検証されています。データを転載しましょう。
……こんな具合です。コナミのライセンスが有効だった時期は2000年から2003年なのですが、特に大幅にタイトルが減った様子も、その後一気に増えた様子もありません(このあたりは平和的なブログさんで詳しく考察されています)。
大局的に見て、コナミに独占ライセンスを与えた悪影響は確認できないのです。しかしこの後、開発費の高騰、国内野球ゲーム市場の縮小、そしてあまりにリアルになりすぎたための野球機構への肖像権ロイヤリティの高騰が重なり(なんとこの裁判時点で野球機構へのロイヤリティは20%(!)まで跳ね上がっています)、実際に野球ゲームのタイトルラインナップは縮小していきました。その主原因としてコナミが名指しであげられる状況となりました。誰も精査せずに、選手会の主張を丸呑みして。
選手会は裁判には負けましたが、コナミをイメージダウンさせることには大成功したのです。
6.立ち止まろう
さて、一度振り返ってみましょう。あの時期のコナミのイメージは最悪で、今でもそのイメージを引きずっている方は多いのではないでしょうか。
なにせ「アニメ・ミラクルジャイアンツ童夢くんがDVD化されないのはコナミのせい」という言説が飛び出していて(コナミが持っていたのはあくまでゲームのライセンスです)、「攻殻機動隊SACにてフチコマではなくタチコマが登場したのはコナミが商標登録したからだ」という風評もでているくらいです(フチコマはどこも商標登録していないのに)。
いつのまにか「コナミがカメラ特許を独占していたのでゲーム会社のカメラワークの進歩が停滞した」なんで言説もでてきました(コナミのカメラ特許はそんな万能じゃありませんし、カメラワークの進歩はちゃんと進んでいます)。
スポーツクラブを買収したあとは「ゲームを捨ててスポーツクラブに注力した」なんて言われたこともあります(スポーツクラブ部門は一度もゲームの売上を超えたことがありません)。
ちなみに先日まで、当時コナミとサブライセンス契約をしたはずのニホンクリエイトのWikipediaには「コナミとサブライセンス契約ができなかったため、コナミの独占ライセンスが有効になるギリギリ手前に駆け込みで新作を発売。この期間、他社からもプロ野球ゲームのリリースはされなかった」という謎の歴史が載っていました。
これらの風評の、根本原因はコナミvsジャレコ・ナムコの特許裁判からスタートし、「コナミは他社の商標を勝手に取得して商標ゴロしようとしていた!」という言説からなんですが、そもそもコナミは商標ゴロして他社から使用料をせしめようとしたことは一度もなく、そもそも商標には先使用権というものがあるためそういった商標ゴロは不可能だ、ということは誰も言ってませんでした。
ネット上ではいつもコナミが悪者です。この野球の実名ライセンスでもコナミは言い分を聞いて貰えず悪役に仕立て上げられました(おそらく初めて詳しく言及した平和的なブログさんが記事を書いたのは2021年です)。
しかしそれら一つ一つを精査してみると、とてもコナミだけを一人悪者に仕立てるのは無理がある内容です。「あんなに悪いことをしていたコナミなのだから、今回も悪いに決まっている」という思い込みだけが先行し、どんどんと悪のイメージが加速していっただけにしか見えません。
立ち止まって、見直してみて良い機会だと思います。そんな悪の企業なんて、いないんですよ。どこにも。
この騒動がおきて20年以上が経ちました。旧スクウェアのやらかしも同じく20年以上前の話です。それを引っ張るのは、まあまあ面白いかもしれませんが、あんまり生産性がある行為ではないように思えます。なのでこう考えたらいかがでしょうか?
もう十分悪口は言い尽くした。
そろそろ、そろそろいいんじゃないでしょうか?
最後に次の言葉をもってこの記事を締めたいと思います。
トラブルの実例をあげながら商標をとても詳しく解説している、友利昴先生のエセ商標権事件簿、好評発売中!!!
Special Thanks
タイニーP/四寺儀けんぞう @Kenzoo6601
さあにん@山本直人 @sarnin
参考資料
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/891/035891_hanrei.pdf
東京大学法学部研究拠点形成特任研究員 大久保直樹「コナミに対する公正取引委員会の警告等について -単独ライセンス拒絶の事例研究-」
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