噺家が聞いたハナシ-さくらんぼの実染めの着物-
山形での仕事の合間に、着物の展示会へ寄った。たまたま入ったのだが、ふとした出会いがあった。
それは、さくらんぼの実染めの着物である。
着物において草木染めというものは、草木であればなんでも染めることができるらしい。だが、色落ちが激しいものが多く、なかなか商品になりづらいのだ。紅花や藍染は有名だが、さくらんぼの実染めは聞いたことがない。その珍しさもさることながら、反物自体も魅力的で、すぐに購入したのだった。
着物が届き、袖を通したが、やはり良い。
鏡を見ながら「いいね〜」と独り言を言ってしまうほど、気に入った。
一体どこで作っているのだろう。
着物の切れ端には、
「渡豊工房」と書いてある。しかも場所は僕のふるさと中山町の隣町である山辺町。僕にとってはほぼ近所である。
これはいくしかない!
今から書いていくものは、普段は噺家(はなしか)として人前でベラベラ喋っている僕が、逆に聞き手にまわり、話を聞いてまとめたハナシである!!
電話番号を調べ、見学の旨を伝えると、快く承諾していただいた。だが、教えていただいた住所へ来たのだが、工房らしきものがない。住所は間違っていないはずなのだが、目の前にあるのはコミュティセンターという看板のみ。
おかしいな、、、
コミュニティセンターのわきに道があり、なんとなくその道を進むと、家があった。そこから聞き馴染みのない
「カシャンカシャンカシャンカシャン」
そんな音が聞こえてきた。
なんか、ここっぽい。
工房らしき玄関には、
「御用の方は工房裏にある自宅へお越し下さい」
と書いてある。自宅へ向かうと「渡辺豊一」という表札があった。
渡辺、、豊一、、
渡、、豊、、渡豊工房だ!ここだ!
名前からきてるのかと納得をしながら、僕はチャイムを押した。
やや緊張気味の僕を、赤いバンダナのご主人と、黄色いバンダナの奥様が笑顔で迎えてくれた。お二人ともに、とても柔らかい印象を受けた。
「まずは工房を見てみますか?」
と、工房に入り、案内してくれた。
そこには機織りをする機械がずらーっと並んでいた。
「機械に触れないようにね!服も汚れちゃうから!」
「はい!」
カシャンカシャンカシャンと機織りの音が響く工房では、自然と声が大きくなる。手織りではなく、機械で織るというのは珍しいそうだ。パソコンでデータを入れ、それで機械が動くという仕組みらしい。普段の落語家生活では、まず見られないような剥き出しの機械に僕は興奮した。
そこから自宅に戻り、部屋の中へ通していただくと、
「部屋干しなんですね」
「そうですねー」
なんて会話をする。
そこから、ご夫婦のお話を聞いていくつもりだったのだが、
「どうして落語家になろうと思ったんですか?」
逆に聞かれてしまった。そりゃそうである。僕が工房を新鮮に思うように、向こうだって落語家は珍しい。落語家としての僕のお話をまずはさせていただき、そこからいろいろお話を伺った。
渡豊工房さんは昭和10年に創業し、88年の歴史をもつ。お話を聞いたご主人は三代目である。もともと、八掛(はっかけ・着物の裏地につける布)をメインで作っていたのだが、それが減っていき、逆にもともとやっていた草木染めの仕事が増えていったそうだ。
さくらんぼの実染めは、近所の方がさくらんぼ農家で、その方からもらったことをきっかけにはじめたそうだ。有名な佐藤錦とはちがう、ジャボレーやアメリカンチェリーの実を使うそうだ。
先ほども書いた
「色落ちはしないんですか?」
と質問をすると、実は、紅花染よりさくらんぼの実染めの方が色が残るのだそうだ。さらに紅花は光に弱いとも教えてくれた。
また、他にもラ・フランスの小枝で染めたものがあるらしい。驚いていると、僕が買った着物にも入っていた。
さくらんぼの実染め以外にも気になることはたくさんある。ご主人にこんなことを聞いてみた。
「この仕事は好きで継ごうと思ったんですか?」
と、聞くと、
「いや〜俺だって落語家になりたかったよ」
なんて笑いながら答えてくれた。
奥様にも、聞いてみた。
「嫁いできて、この仕事をし始めるのは、大変だったんじゃないですか?」
「工場に入った時は、ワ〜オって思ったんですよ。初めて入ったとき、見たことない世界でびっくりしましたよ。でも、相手は人じゃなくて機械でしょ。機械が同僚だから。相手が人だとストレスでしょ。1人でする仕事があってたんですよ。」
「じゃあ、嫁いで良かったですね!」
「はい!でも、合う人と合わない人がいるんですよ。音がうるさいって人もいれば、音で救われる人もいるし。あと単純で繰り返しの作業なんですよ。それが飽きる人と飽きない人がいるからね。」
さらに奥様はご主人に対して、
「うちの人は天才なんです」
そんなことをおっしゃった。自分の主人のことを天才というのはすごいなと思っていると、ご主人が
「うん、俺も自分でもそう思う」
とにんまり笑った。
母親のお腹の中にいる時から、カシャンカシャンと聞いているため、奥様からすると、自分には分からないことがご主人には分かるのだ。モーツァルトが胎教にいいなんてことを言うが、機織りの音がしっかり胎教に影響をおよぼしているのかもしれない。
四代目である息子さんも同じようにサラブレッドの血を引いているらしい。だが、当時25歳の息子さんが継ぐと言った時はとても驚いたそうだ。当時、ご主人も若く急に継ぐと言われ、どうしていいかわからなかったと語った。息子さんにも、お話を聞きたかったが、その日は都合がつかず、いらっしゃらなかった。機会があれば、なぜ継ごうと思ったのか、いろいろお話を聞いてみたいものだ。
さらに、おめでたいお知らせを聞いた。
息子さんがご結婚されるそうだ。
お二人はそのことをとても嬉しそうにお話をしてくれた。
「一緒に住むんです」
つまり、奥様が体験したことをお嫁さんはこれから体験していくのだ。
さらに、奥様が
「11月に結婚式を挙げるんですけどね、お嫁さんの白無垢を、機織り機で織るんですよ。
他の着物の納期もあるから大変だけど、頑張ります」
なんて素敵なお話なんだろうか。義理のご両親が作ったものをお嫁さんが着て、結婚式を挙げる。映画のようなストーリーに僕自身も心躍った。
きっと素敵な結婚式になることだろう。
「本日はお忙しい中ありがとうございました」
玄関までお見送りをしていただいたお二人に頭を下げ、自宅をでると、カシャンカシャンカシャンという工房の音がまた聞こえてくる。
だが、はじめ聞いた印象とはまるで違う。
89年目になる渡豊工房さんは、三代目のご夫婦から四代目のご夫婦に徐々に受け継がれていく。
この音と共に受け継がれていくのだ。
そんなタイミングにお話を聞けたことを改めて感謝したい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?