粋(いき)
ようやく秋がはじまりやがった。
多少乱暴ではあるが、こう言ってもいいだろう。何をしていたのだ秋は。
「来週も暑いですよ」の連続で、もういい分かったから!と言いたくなるものであった。
過ぎていく時間は早いが、不思議と振り返ると、夏のことが昔に感じてしまう。
夏もいろんな仕事をしたが、その中で少し変わった仕事もあった。
文部科学省で仕事をしたのだ。
なかなかないことである。文部科学省が主催で、文部科学省の建物の中で行う『こども見学デー』というイベントがあったのだ。
浮世絵や茶道、またアイヌの文化であったり、子どもたちが体験できるものがブースとしていろいろ並んでいたのだ。その中の一つで落語があったのだ。
最寄駅は霞ヶ関駅。千代田線ヘビーユーザーの僕からしたら、めちゃくちゃ通りすぎる駅なのだが、降りたことなんてない。初めておりとみると驚く。高いビル、ビル、ビルである。
文部科学省だけではない。国土交通省や、外務省など、さまざまなビルが並んでおり、ここが日本の中心だぜと聞こえてくる。山形出身の僕は久しぶりにこんな気持ちになった。
「ここが東京か‥」
文部科学省の入口で案内証をもらい中に入る。エレベーターに乗り、イベントの場所にむかうのだが、広すぎて、なにがなんだか分からない。どこがどこだかわからない。ただ子どもたちがいっぱいいて、はしゃいでいる。ここでイベントがあるのは間違いなさそうだ。
呼び込みをし、親子連れの方々が多く来てくれた。30分の短い間だが、落語の説明と一席やらせていただき、子どもたちにも体験してもらった。体験というのが小噺の体験である。子どもたちが、高座に上がり、実際に小噺をやってもらうのだ。お母さんに見守られながら、緊張した子どもたちが頑張るのはなかなか可愛らしいものである。
その中で、客席にめちゃくちゃメモをする女の子がいた。ポニーテールでメガネをかけた真面目そうな中学生の女の子。
「小噺やってみますねー。
ハトがなんか落としたよー。
ふーん。」
女の子がサササとメモをする。
一体、今のなにをメモをしているんだ。
落語が終わり、みんなが帰る中、女の子だけが残っていた。スーッと近づいてきて、
「あの、質問いいですか?」
嬉しいことである。若い子が、落語に興味を持ってくれる。
「なんでも聞いて。なんでも答えるから。」
どんな質問がくるのだろう。
「昇りんのりんはなんで平仮名なんですか?」
「どうして落語家になったんですか?」
今まで、学校寄席などで、かわいらしい質問をいただいてきた。
「あの‥」
「なあに?」
「落語において、、」
「うん」
「粋(いき)ってなんですか?」
「え?」
「粋ってなんですか?」
僕はこう思った。
粋ってなんだろう。
粋は粋である。言葉で説明できないものである。
「お姉さん粋(いき)だね!
あたしゃ帰りだよ
という小噺はあるけどね。」
「はは」
女の子が短い愛想笑いをした。
中学生でも愛想笑いができる立派な女の子である。
僕なりに説明しようとしたのだが、無理である。粋とはなにか?の質問から、落語について適当に話したり、江戸時代の文化について話したりした。しかし、肝心の粋の説明はできていない。その証拠に、僕が落語をやっている時にあれだけメモをしていたはずなのに、今、彼女のペンは全く動いていない。
「ありがとうございました。楽しませていただきました!」
なんて気の使える女の子なのだろう。だが、心の中では、
「あいつ粋じゃねえな」
そう思われていたことだろう。
終わったあと、「粋」とはなぞや?ということで調べてみた。
分かりそうで分からない。
まあ、言われりゃそうなんだけど。
彼女はなにがきっかけでそれを調べようと思ったのだろう。
どんな答えが出たのか教えてほしい。
野望なお兄さんには答えはでないのだ。
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