臆病

人を励ますのが苦手だ。
本当は励ましたい。寄り添いたい。だけどうまく立ち回れない。どうやってきっかけを作ればいいのか分からない。

なにか苦しいことがあったのか、悲しいことがあったのか、のどに詰まるモヤモヤがあるのか、はたまたそんなことはないのか、あったとしても言いたくないのか。

どこまでいってもこれは自分が推し量るものでしかなくて、相手の気持ちなど絶対に知ることができない。

わたしの周りの人たちは優しい人が多いから、嫌な話をしたくないとかそれが相手の気持ちに及ぼす影響まで考えて話さないという選択もするだろう。
自分だけすっきりすればいいとは思わない。

そりゃ、できることなら楽しい時間だけ過ごしていたいし、そうなるように努めることは素晴らしい。自分の機嫌を自分でとれる人をとても尊敬する。そんなやさしいあなただからこそ、きっと傷つくことがあって、苦しいことがある。

楽しい場面だけ切り取れるSNSのような生活はないと思う。寂しくたって、辛くたって、苦しくたって、いいじゃないか。わたしは、そんなあなたの気持ちが知りたい。楽しいあなた以外もそれは尊いあなたで、悲しいあなたのままのそばにいたい。

お世話になっている人に「明るい陰キャ」と言われたのは言い得て妙だ。「暗さ」に自信を持てるようになったのはここ数年の進歩だと思う。社交はある程度好きだけど根は暗いので、人間の本質は陰につまっている気がしてしまう。だから、わたしはあなたと暗い話がしたい。

「なにかあったの?」「大丈夫?」「話聞くよ」
わたしは勇気がなくて、声に出してあなたへ伝えることができない。未熟でごめん。せっかくそばにいるのに。なにか、あなたの背負うものがあるなら、軽くしたいのに。

怖い。聞くことで嫌な思いをしたらどうしよう、とか今は気分じゃないかな、とか、が巡る。人に悪影響を及ぼすのが怖い。でも、なんの行動をとったとしても何かしらの影響がある。その一歩が踏み出せない。あなたのことがとても大切だけれど、わたしはわたし自身を守っている。

今のわたしは、ただそばにいることしかできない。怒りもせず、明るくはしゃぎもせず、ただフラットに、そして上機嫌でその場にいる。励ましたいけど、あなたの気持ちと私の気持ちには境界がある。だから、わたしはわたしの気持ちでいる。そのうえであなたの気持ちを聴くことができたらいいな。

これらは全部エゴだ。それに他人を想うようで自分のためにやっている。悲しいかもしれない人が近くにいるのに、何もしない自分に罪悪感があるから。

でも、やりたいからやる。やりたくなければやらなくていい。
簡潔で、相互的な関わり合いを好む身としてはある意味残酷な結論。でも気を軽くしてくれる大切な指針だ。

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