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あるいは完璧な美人になる方法(容姿コンプレックスOrigin 19)

美人体験の話

 どんぐりたちの”美の世界”では、客観的な美というものは事実上存在せず、「好み」ってもんが強烈に支配することがある。そのせいでどんぐりの美は報われたり報われなかったりするって話のつづき。

 さて。あたしは小さい時から「きれいだから得した」ってことが、自覚する限りにおいて一度もないような気がします。(このへん、美人の人には想像が難しい人生でしょうから、そういう自覚のある人はイマジネーションの力を振り絞って読んでください。)

 同時に「みっともないほどに醜いせいでとても損をしました」というほど積極的なドラマも持っていません。

 要するに、あたしの姿形など、他人にとってはどうでもいいことの範疇に入っているのだと思います。
 あたしのコンプレックスの苦しさは、したがってトコトン個人的で主観的なものです。

 「それでいいんだもん。そういうもんなんだもん」というのが、一種の悟りであり、救済であったかと思います。

 そんなあたしでも、「あなたきれいです」とぜんぜん言われたことがないわけではありません。

 特に出花シーズン・プラスマイナス5年ぐらいのあいだは、お世辞みえみえで「きれい」と言ってもらったり、こっそりと耳元で言われてびっくらたまげたり、おおっぴらに人前でそのようなことを言われてむしろ迷惑する、などの経験が頻繁にありました。

 そんな中で、ひとつ忘れられない経験があるので、書いておきます。

 20代の終わりごろだったと思います。
 とある詩人が、若いイラストレーターたちをぞろぞろと引き連れて、飲み屋みたいなライブハウスみたいなところに行く、という会がありました。
 その会場には目の不自由な歌手がいて、それは詩人のお友達であるということでした。
 
 歌をいくつか聞かせてもらったあと、詩人は歌手に、その場に来ていたイラストレーターとその卵たちの紹介をはじめました。
 ぐるっと車座にすわって、ひとりひとりについて彼が話し、紹介された人も短い自己紹介のスピーチをする、という趣向です。

 20人前後の人がその場にいたかと記憶しています。
 あたしの番が来たときに、詩人は「この人はとてもきれいな人でねえ・・・」と話し始めました。

 な、なんという大嘘を・・・・
 あたしはたまげましたが、反論するわけにもいかないので、そのまま”きれいな人”としてご挨拶をしました。

 思えばその詩人はあたしをひいきにしてくれていました。若い生意気そうな女というのが、彼の好みに合っていたのだと思います。
 自分が好んでいるからって、目の見えない人に大嘘を教えていいのか!と一瞬怒りがこみ上げたのですが、その後、考え直しました。

 その歌手は数メートル離れたところからあたしの声をきいただけなのです。手を握ったわけでもない。
 「とてもきれいな人」と言われて、歌手が心に思い浮かべる美人は、彼自身にとっての美人であるはずです。それは正真正銘に、彼にとっての美人であるに違いない。

 「その手があったか」と、なぜかそのときあたしは思いました。どういう”手”なんだか・・・・ともあれそう思ったわけです。
 「これって、美人になる方法として、完璧じゃんか」と。

 まあこれはわき道の話ですね。つづく。


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