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コンプレックスが好みを形成する(容姿コンプレックスOrigin18)

コンプレックスが好みを形成する

 それぞれの美が報われているどんぐり達が、それでも複雑な三すくみのように絡み合ってお互い嫉妬しあっているという話の続き。

 コンプレックスが絡むと人間は極端なものの見方をしたりします。
 例えば一重まぶたを気に病んでいる人は、パッチリしたアーモンド型の目をした人を、必要以上に美しいと感じ、そうした人を見ると、打ちひしがれます。他のところが全部その人より勝っていても、そのことだけを気に病むのです。
 その人は、二重まぶたが”大好き”でかつ”大嫌い”なのですね。やっかいな感情です。

 背の低い男性が、いつも東京タワーのようにのっぽな女とばかり付き合う、という例を知っています。
 逆に、自分より小柄な女を見つけると、過剰に反応したりする例もあります。

 あたしは背が低いのですが、学生時代に、背が低い男性が近づいてくることを大変警戒していました。
 最初に関心を持たれる理由が自分のサイズであるとすれば許せなかったし、2人小さくまとまっている眺めは、あんまり好みじゃありませんでした。

 できたら見た目大き目の男の人がいい。自分が華奢に見えるから。ついでに日に焼けてなるべく黒っぽければ、隣にいるあたしの顔色が白く引き立つんじゃないかしら、などと、ばちあたりなことを考えていました。
 絵の構図や色合いの話じゃあるまいし、これが「自分より背が低い女がいいな」と考える男と、どこが違うんだよ!って話ですが・・・・ええ、全然違いませんとも。

 いわゆるフェティシズムも、コンプレックスの表出の極端な形なのかもしれませんが、その仕組みはよくわかりません。

 ロッド・スチュアートが選ぶ女性は必ず脚線美を誇っています。脚以外の理由で女性を選ぶ日が来るとしても、脚が関心の入り口であることは一生変わらないんだろうな、ということが、ああいう、何度も相手を変える人を見るとわかります。

 フェティシズムと言えばこんなこともありました。

 あるとき、ある女性と渋谷のハチ公前で待ち合わせをしました。 
 お互い会った事がなくて、会えるかどうか不安だったのですが、「太っています」という彼女の言葉を頼りに探しました。
 ところが彼女は太っているのではなくて、ものすごく巨大なバストの持ち主だったのです。嫌でも目に付きますから、比較的簡単に会えました。

 「こんなことろで待ち合わせをしてごめんなさい」と言うと、彼女は「あの場所は少しこわいですね」といいます。
 なぜかというと、人が声をかけてくるからだそうです。 
 彼女は見ず知らずの人に渡された名刺を見せてくれました。
 
 あたしはその 上場企業の名前と役職が刷られた名刺を見ていいました。
「普通の人みたいですね。モデル・エージェンシーとかではなくて」
「普通の人だと思います。いつでも電話をくれって」
「こういうこと、よくあるんですか?」
「よくありますね。人の多いところにでかけると」
 おっとりと、彼女は答えました。

 その時口に出してはいいませんでしたが、それが彼女のめったにないぐらい大きなバストのせいであることは、ほぼ間違いないと、あたしは思いました。
 もしもこんなに極端に大きい女性でないと魅力を感じないのだとしたら、「その人たち」の”好み”は繁華街の雑踏からその何万分の一を探してさまようしかないのだと思ったのです。 
 つづく。

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