マガジンのカバー画像

美学・芸術学とか

21
運営しているクリエイター

2020年4月の記事一覧

田邉健太郎『「指し示されたタイプ」的存在者としての音楽作品ージェラルド・レヴィン…

読んだのでまとめる。 ざっくりした内容 ジェラルド・レヴィンソンが提唱する、音楽作品は「…

SYM.
4年前
5

倉田剛 日常世界を哲学するー存在論からのアプローチ 第3章 集団に「心」はあるの…

まだ読んでいる途中だけど、自分の関心のポイントになりそうなところがあったのでまとめておく…

SYM.
4年前
2

源河亨『悲しい曲の何が悲しいのか-音楽美学と心の哲学-』読書ノート⑧

源河亨『悲しい曲の何が悲しいのか-音楽美学と心の哲学-』 第8章 聴こえる情動、感じる情…

SYM.
4年前
11

論文まとめ 吉野巌・山田健一ほか「音楽鑑賞における演奏者の映像の効果 :― 音楽心…

読んだのでメモ。 簡単に内容を説明しておくと、演奏者の映像が楽曲の認知に及ぼす影響と、鑑…

SYM.
4年前
9

源河亨『悲しい曲の何が悲しいのか-音楽美学と心の哲学-』読書ノート⑦

源河亨『悲しい曲の何が悲しいのか-音楽美学と心の哲学-』 前回。 第7章 環境音から音楽…

SYM.
4年前
6

作品聴取ではなく、演奏聴取の視点を持つことー音楽鑑賞と楽器性instrumentalityの関…

ナナイの「音楽の二重性(二面性)」という論文を読んだ。 まとめはこれ。 個人的にインスピ…

SYM.
4年前
4

Bence Nanay 『Musical Twofoldness』のまとめ

昨日、この論文を読んでいた。 音楽鑑賞における、音楽作品それ自体の鑑賞と、演奏の鑑賞という二面性についての論文。(翻訳したけど、どこかに掲載できないかなぁ…。著作権の問題とか問い合わせをどうしたらいいかのノウハウがわかっていない) 目次と簡単な内容は以下。 1. イントロダクション 2.  二面性と絵画 図像の二面性というのは、絵や写真を見る時に、線や印など表面的特徴と、描かれているものの両方の経験がある、というもの。 ここでは、リチャード・ヴォルハイムの説を引用

源河亨『悲しい曲の何が悲しいのか-音楽美学と知覚の哲学-』読書ノート⑥

源河亨『悲しい曲の何が悲しいのか-音楽美学と知覚の哲学-』 前回。 第6章 音を見る、音…

SYM.
4年前
3

源河亨『悲しい曲の何が悲しいのか-音楽美学と心の哲学-』読書ノート⑤

源河亨『悲しい曲の何が悲しいのか-音楽美学と心の哲学-』 これまでのまとめはこちら。 第…

SYM.
4年前
7

源河亨『悲しい曲の何が悲しいのか-音楽美学と心の哲学-』読書ノート④

源河亨『悲しい曲の何が悲しいのか-音楽美学と心の哲学-』 これまでのまとめはこちら。 第…

SYM.
4年前
4

源河亨『悲しい曲の何が悲しいのか-音楽美学と心の哲学-』読書ノート③

源河亨『悲しい曲の何が悲しいのか-音楽美学と心の哲学-』 これまでのまとめはこちら。 第…

SYM.
4年前
9

源河亨『悲しい曲の何が悲しいのか-音楽美学と心の哲学-』読書ノート②

源河亨『悲しい曲の何が悲しいのか-音楽美学と心の哲学-』 これまでのまとめはこちら 第2…

SYM.
4年前
6

源河亨『悲しい曲の何が悲しいのか-音楽美学と心の哲学-』読書ノート①

前回書いたように、自分の音楽観に自覚的になるためには、これまでに論じられてきた「音楽とは…

SYM.
4年前
7

音楽鑑賞を考える前に、音楽について考える

必要性の増す鑑賞教育コロナウィルスの影響で、学校の音楽教育の授業内容にも様々な制限がかかってきている。例えば、歌唱の指導、リコーダーなどの管楽器の指導などは当面の間、従来通りに行うことは難しいだろう。学校教育では大きな比重が置かれているこれらの内容が実施できないとなると、それらの代替となる授業を考えなくてはならない。 そこで、おそらく多くの教員が鑑賞の授業を行うのではないだろうか。コロナウィルスの収束がいつになるか諸説あり、具体的な見通しはつかないが、当面、鑑賞を軸に授業を