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すごく丁寧な「マイクロバイオータ」と「マイクロバイオーム」の定義の話(と、ちょっとだけ生物学的分類の話)

ちかごろ「マイクロバイオータ」だとか「マイクロバイオーム」だとかの呼び名をよく耳にしないだろうか。
……しないだろうか。

10年スパンの流行語大賞があったとしたら、どちらかは絶対にノミネートされているはずだと個人的には思うのだけれど。

さてこの両者、具体的に何を指しているのかという定義が実はけっこう難しい。

少々くどい話になるので、ざっくり「マイクロバイオータもマイクロバイオームも、細菌たちを含む微生物のことだな」という理解で、この記事は飛ばしていただいてもかまわない。


・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
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マイクロバイオータとは

まず、「マイクロバイオータ(microbiota)」という呼び名について。

これは日本語では「微生物」と訳されることが多く、ラテン語の語源は「小さな生き物たち」となる。
微生物(マイクロバイオータ)とは、ひと言でいうと「顕微鏡でしか見ることのできないサイズの生き物」を指す。

その顔ぶれは細菌、古細菌、真菌、藻類、原生生物などで、ここにウイルスを含めるかどうかは議論が割れている。(1)
というのも、ウイルスは本人だけでは複製(増殖)することができないため、生き物として定義して良いものかどうか怪しいからだ。

今もっとも研究が盛り上がっているのは細菌なので、マイクロバイオータや微生物という言葉を細菌と同義語とする場合もある。

ここで、少しだけ生物学的分類の話をさせてほしい。私たちはホモ・サピエンスで、チンパンジーやマグロとは違っている。
でも、マグロよりはチンパンジーのほうが、近縁である。そういった異なる種間の類似度や差異をうまく表すことに成功したのが、スウェーデンの科学者カール・フォン・リンネだ。(2)

彼の分類法をもとにすべての生物は階級ごとに分類されていった。
階級は上からDomain(ドメイン)、Kingdom(界)、Phylum(門)、Class(鋼)、Order(目)、Family(科)、Genus(属)、Species(種)となる。
リンネの考案した二名法によって、私たちはホモという属のサピエンスという種に分類された。

ひとつ階級があがるとどれだけ違う生き物になるかという例を挙げると、例えばネアンデルタール人などの絶滅した人類はホモ属に分類され、ゴリラやチンパンジーなどの類人猿はヒト科に分類される。
一番上のドメインという階級は三つに分かれており、それぞれ「(真正)細菌」「古細菌」「真核生物」と名前がついている。私たちヒトは真核生物のドメインの中にいる。

上に挙げたマイクロバイオータの構成員のうち、真菌、藻類、原生生物は私たちと同じ真核生物だけれど、細菌と古細菌にたどり着くにはドメインまで遡る必要がある。

要するに、マイクロバイオータ(微生物)とは「目に見えない小さな生き物たち」と一括りにされているけれど、生物学的には雑多な生き物の寄せ集めと言ってもいいのかもしれない。

マイクロバイオームとは

次によく聞く言葉として「マイクロバイオーム(microbiome)」がある。

この言葉には、マイクロバイオータが指す生物の集合体以上の何かが含まれている。
この「何か」がけっこうくせ者で、各方面で説明がばらばらである。

マイクロバイオータたちのゲノムの総称だ」(3)という意見もあれば、「マイクロバイオータと宿主の相互作用を含んだ概念だ」(4)という意見もある。

マイクロバイオームという言葉を最初に使ったのは、Whippsらが1988年に出した論文(5)で、彼らは「そこにいる微小な生物(microorganisms)だけではなく、それらの活動の場(thatre of activity)を内包した言葉である」と定義している。

マイクロバイオームの定義という意味で最も引用されている論文は、Lederbergら(6)のそれである。ここではマイクロバイオームを生態学の観点から見ており、「体内外やその他の環境における、片利共生、相利共生、寄生的な微小な生物のコミュニティ」だとしている。
しかし、真核生物を主な対象としてきたマクロ生態学の考え方を、ライフスタイル(と仮に呼ぶ)が全く違う細菌や古細菌に当てはめてもいいのか? という疑問もある。

以上見てきたように、マイクロバイオーム研究はこの数十年で指数関数的に盛り上がっているにも関わらず、それが実際に何を指しているのか研究者によって認識が異なるのだ。

この問題に取り組んだのが、ヨーロッパで2019年に行われたワークショップ(1)である。様々な分野を先導する微生物の専門家たちが40人集まり、さらに100人以上の専門家たちがオンラインの事前アンケートに参加して、マイクロバイオームという言葉の定義を徹底的に話し合った。

その結果、マイクロバイオームという言葉の指すところをもっとも的確に掴んでいるのは、最初にこの言葉を使ったWhippsらの定義であるということで一致した。
彼らはそれを6つの観点から修正することで、最新の定義を再構築しようとした。
詳しくは論文を参照いただきたいが、マイクロバイオームは、マイクロバイオータに加えて彼らの産生する物質や彼らの体の断片、ウイルスなどを加えた全体を呼ぶということである。

Berg G, Rybakova D, Fischer D, et al. Microbiome definition re-visited: old concepts and new challenges. Microbiome. 2020;8(1):103. doi:10.1186/s40168-020-00875-0

まとめ

定義の話が長くなってしまったが、まとめるとこうなる。
マイクロバイオータ…真正細菌、古細菌、真菌、藻類、一部の原生生物
マイクロバイオーム…マイクロバイオータそのもの、彼らのゲノム情報に加えて彼らの産生する物質や彼らの体の断片、ウイルスなどを加えた全体

これから、このnote内では特に断りのない限りこの定義を採用するが、多くの論文が「マイクロバイオーム=細菌」としている事実もあり、
その場合は論文内の定義に従うことにする。

1. Berg G, Rybakova D, Fischer D, et al. Microbiome definition re-visited: old concepts and new challenges. Microbiome. 2020;8(1):103. doi:10.1186/s40168-020-00875-0
2. ロブ・デサール, パーキンズスーザン・L. マイクロバイオームの世界――あなたの中と表面と周りにいる何兆もの微生物たち. 紀伊國屋書店; 2016.
3. Turnbaugh PJ, Ley RE, Hamady M, Fraser-Liggett CM, Knight R, Gordon JI. The Human Microbiome Project. Nature. 2007;449(7164):804-810. doi:10.1038/nature06244
4. マーティン・J・ブレイザー. 失われてゆく、我々の内なる細菌. みすず書房; 2015.
5. Whipps J, Lewis K, Cooke R. Mycoparasitism and plant disease control. Burge M Ed Fungi Biol Control Syst Manch Univ Press. Published online 1988:161-187.
6. Lederberg J, Mccray AT. `Ome Sweet `Omics--A Genealogical Treasury of Words. The Scientist. 2001;15(7):8-8.

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