時と場所を選ばぬ発想を、書き留めるに適した筆記具は…

昔から、ひらめきやすいのは、
厠・風呂・馬上(移動中)
と言います。

実際にそうですが、それら、なかなかメモをとりづらい状況だったりもします。

生活習慣や環境にもよりますが、
その他、私の場合、着想やひらめきを得たり、
何かを暗記するのに最適なシチュエーションは、台所作業中。
食材を切ったり、煮たり炒めたりしている料理中や、皿洗いをしている時に、思いついたり、覚えたりしやすいようです。

とはいえ、調理中は手が塞がっていたり、濡れていたり、食材にまみれたりしていがち。
最近は、とっさにペンを持つことができなくても、スマホやボイスレコーダーなんてハイテク記録媒体もあるけれど、
結局は手書き任せです。

今は、アウトドア用に、濡れても書ける耐水メモ帳もあるので、
雨の中や、水仕事中、入浴中でも、メモをとることは可能ですが、
問題は筆記具のほう。

家や職場だけでなく、
外出時、特にフィールドワークの際の、記録経験で悟ったことですが、

まず、ボールペンは、けっこう気温に左右されます。
たとえば、冬の一番寒い時期の京都の山間部にフィールドワークした際に、
比較的“スムーズに書ける”を売りにしたボールペンでも、
インクが出にくく、書くのに難儀したことが、何度もありました。

さらにボールペンは、姿勢が悪いところや、紙面が傾いた状態で無理して書くと、
ボールペンは逆さ書きや、空書きがご法度ですから、
書いているうちにインクが出なくなり、
思いつきを書けなかった上に、ペンもダメになるという、絶望的なダブルパンチをくらったことも、少なからずありました。

万年筆は、
昔のレトロ万年筆だと、暑かったり活発に動くシーンだとインク漏れするし、
寒いと、やはりフローが悪くなる。
また、ボディが金属軸だと、やはり真冬の京都で凍りついたようになり、
手の温度が奪われ、かじかんで書けないだけでなく、あとからどんなに手を温めても回復しないほど凍えたことがありました。
京都の冬恐るべし。

また、立ち書きしている時、うっかり握りそこねて落とし、ペン先を破損したり、
キャップをはずす際に、キャップを落としたり、本体を落としたり。
有名なエッセイストのかたが、京都の四条大橋の上で、鴨川にモンブランのキャップを落とした…なんて話を読んだことがあります。
想像するだけで、悪夢…

まぁ、お気に入り万年筆と旅をしたいのはやまやまですが、危険も多いし、
宿やカフェ休憩など、落ち着ける場所以外では、万年筆は使わないようにしています。

結局のところ、
場所を選ばない、気を使わない、最も記録に適した筆記具は、
シンプルな鉛筆に、落ち着きます。

実は鉛筆は、最強の筆記具なのです。

私は、文系の古書や古文書を扱う、研究及び仕事をしていたことがあるのですが、
この分野では、基本的に書庫に持ち込めるのは鉛筆のみだし、
原稿や事務仕事での使用筆記具は、筆墨と万年筆と鉛筆以外、ご法度でした。
赤も、赤鉛筆のみ。

ここは基本、記録は千年以上、保管させることを基準にしていました。
紙さえ修補できれば、墨は劣化しない。
そのことは、正倉院文書や古寺の写経などで、実証済。
ペンのインクは、たとえばルネサンス時代、レオナルド・ダ・ビンチのイカ墨インクでの記録が現存しているし、少なくとも数百年は保っている。
…ということで、長期保存の実例があります。

比べて、ボールペンなどは、一過性で書き捨てるメモのみ許される程度で、基本的に厳禁。
コピーやパソコンプリンターも「トナーは百年保った実績がまだない」と信用しません。

書き損じを修正する場合も、修正液や修正テープなどは、論外。
鉛筆はゴム消しで修正しますが、
万年筆では、ナイフで間違った部分を浅く削り、ささくれた紙を丸い天然石の文鎮でならして書き直すという、
奈良時代の文官みたいなやり方が現存した環境でした。

そんな環境で、実際に、実感したのですが、
鉛筆は、書いてすぐなら消すこともできるから、
公的文書には使えないけれど、
時間の経過と共に、逆に消えづらくなる。
他のインクものに比べて、劣化で文字が薄くなることもなく、紙が劣化しない限りは永年保存できます。
安くて軽くて使い勝手がいい。最強です。

ちなみに、シャープペンシルは、シャープであるゆえに紙を傷めるため、仕事では使えませんでした。

私用で実感した実例では、
かつて、どうしても暗記したかった長文を、
アウトドア用の耐水メモ紙に書いて、
風呂場のタイルの壁に貼りつけ、シャワーや入浴の際にも暗記できるようにしたことがあったのですが、
万年筆インクはもとより、ボールペン書きも水でにじむので、鉛筆で書きました。

それを覚えたあとも、もう十年くらい、風呂場に貼ったままにしていますが、
毎日シャワーを浴びて濡れるし、
窓からの日差しも直接あたる場所ながら、
文字が薄くなるどころか、時と共に、逆に濃く、くっきりしています。

毎日、風呂場で眺めながら、鉛筆の底力を実感するばかり。
紙がダメにならない限りは、永遠に現存し続けるはずです。

というわけで、私はずっと、フィールドワークでは、モレスキンに鉛筆かシャープペンシルで書いています。
机上では、万年筆を愛用。インクは簿記用の永年タイプ。

研究職後はボールペンも使っているけれど、
どうも私は、筆記角度をそこねて、ボールペンを書けなくする頻度が高いみたいで…

やっぱり、一番危なげなくて、間違いないのは、鉛筆のようです。
安いし軽いし、手に入れやすい。エコでもあります。

ちなみに、鉛筆といえば、ボンナイフ。
私が学校にあがった頃、いわゆる鉛筆削りで削ると、鉛筆一本の減りが早いからと、
両親が毎日、器用に綺麗に、ナイフで鉛筆を削ってくれたのですが、
それに憧れて、自分もボンナイフで削るのを覚えました。
鉛筆を削りたいから、書き取りを頑張ったくらいのもの。

今もボンナイフってあるのかしら。
ナイフで削る鉛筆の、指に移る木と芯のニオイが、今も童心に立ち返らせてくれるようで、
懐かしくもあり、とても好きです。

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