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第1章#2 再来の古都

「騒がしいと思ったらやっと起きたのね、バルス」

「おぉ!なんだ、ラムもいたのか!」

「いたら悪いみたいな言い方ね、死になさい」

「姉様は日本に来てもその辛辣さは変わらねぇ」

 と相変わらず皮肉のやり取りをするのはラムとスバルだ。場所はどこにでもあるような川沿いの広場。スバルは目を覚ましエミリアとベアトリスと共に日本に戻ってきたーー否、再召喚というべきだろうか?
 広場のベンチの上でエミリアに膝枕されて随分長い間眠っていたらしい。目を覚まして幾分が過ぎ、これからどうするかについて考えていたところ姉様の登場だ。

「それにしてもニホンってスバルが故郷って言ってた所よね?こんなへんてこりんな街並み本でも読んだことないんだけど」

「そうなのよ。少なくともここがルグニカじゃないのは確かかしら。禁書庫で読んだ『カララギ観光名所十選』の街並みに似てはいるのよ」

「へんてこりんてきょうび聞かねえなー。まぁそうだな、これからどうするか考えて立ち止まってるだけなのも仕方ねえしー、このエミリアたんの一の騎士ナツキスバルが日本の名所という名所を案内してやろーじゃないかー!!」

 会話の後半で途端に閃いたように声を高らかに発するスバルは背後に迫る足音に気づかない。

「わー、すこーく楽しみね」

「さすがはベティのスバルなのよ」

「はぁー」

 目を輝かせるエミリアと誇らしげに胸を張るベアトリスと落胆の表情を隠しきれないラムがそれぞれの反応を見せる。
 そしてここが日本のどこなのか理解できていないスバルはとりあえず地図を探そうと歩き出し、背後にいる人物の存在を周辺視野で認知するーー


「起きていたんですね!スバルくん」

 声をかけられ汗が滲み出るのがわかった。いるはずがない、喋るはずがない敬愛と親愛の込められた声色だった。ナツキスバルが挫けて折れそうになった時立ち上がらせてくれた声だ。
 必ず迎えに行くとあの日誓い、毎日毎日寝る前に反応のない青髪の彼女にその日の出来事を話すのが日課だった。その彼女が当たり前のように体を動かし声を発する。

「ーーーー」

 声が出なかった。

「スバル、くん…?」

「あら、案外遅かったわねレム」

「ごめんねレム1人で買い出しに行かせちゃって」

「そんなに多く頼んだ覚えはないのよ」

「いえいえ、レムにお任せ下さい!でも慣れない文字とお金に手間取ってしまいました」

 と当たり前のように彼女と会話をする三人にスバルは遅れて気づく。

「レム…なのか?」

「はい!スバルくんのレムです。どうしたんですか?顔色が良くないですよ?」

 その反応を見て本当にレムなんだと遅れて気づく。一瞬頭を過った記憶ーークレマルディの聖域でのこと、色欲の魔女の権能『無貌の花嫁』を疑ったがその疑いはすぐさま晴れる。
 ここは日本だから魔女が影響するはずがない。そうか

「ひょっとして異世界に来たことでレムを縛っていた暴食の権能が解かれたのか?いや、そうだ!それしかねぇ!」

「暴食?って何のことですか?」

「ん…覚えてないのか」

「はい…」

「それならそれでいい。とにかくだ」

 スバルは続ける。涙が滲み出るのを堪えて喜びを噛み締める。当たり前が当たり前じゃなくなったあの日。レムが自分以外の人から存在すら忘れられた屈辱の日。その日から今日までの苦悩から解放される。
 エミリアがいてラムがいてベアトリスがいてペトラがいてガーフィールがいてフレデリカがいてロズワールがいてついでにオットーもいる。その中にレムがいる光景を何度夢見てきたことだろうか。

「今日は記念日だ!最高にテンションの高い俺に全部任せとけ!」

「はい!さすがスバルくんです、レムは感服しました!でもその前にお昼ご飯にしませんか?」

 と言ってレムは抱えていたかごに入っている大量の食べ物をおろす。
 いつもレムが言ってくれる文言だ。レムの言葉にスバルは時折理想の英雄像を重ねすぎだと思った事もあった。だが、今となってはこの言葉が意味することは計り知れないぐらい大きい。だから

「そ、そうだな。久しぶりにレムの料理が食べたい!ってあれ?昼食は屋敷で食べたような…ん、どうだっけ?こっちに来る前の記憶が曖昧すぎる」

 そんな普通の会話が出来ることが楽しくて、嬉しくてスバルはこのひとときを楽しんだ。


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「スバル、1人で歩き回って変な形した魔獣に襲われたり、地竜のいない竜車が暴走して怪我してもベティたちは回復魔法を使えないのよ!」

 地図を探し歩き回っていたスバルを周囲を警戒し続けるベアトリスが呼ぶ。回復魔法どころか魔法が全く使えないのは地球にマナとやらがないからである。マナがないことで異世界人には様々な弊害が起こる可能性も考えられるが見たところ問題なさそうでスバルは安心していた。

「魔獣って、ベア子。あれはただのかわいいワンチャンだし、竜車じゃなくて車だよ、何も心配する必要はねぇぞ。なんせ世界の中でもとびきり安全な国、それがジャパンだからなっ!」

「まーたスバルは変なこと言い出したかしら。スバルの故郷はニホンってところじゃなかったのかしらー?」

「あっはっは、それは言葉の綾ってやつだよベア子。…って痛え、またかよー!」

 スバルは無駄な言い換えでベアトリスを困惑させたことを反省する。そして急にスバルを頭痛が襲う。日本に戻ってきてからというもの頻繁に起こっている謎の頭痛にスバルは苛まれる。

「…?それでスバル、ここがどこだか分かったの?」

「エミリアたん!日本だと銀髪なんて滅多に見かけないからエミリアたんは歩くだけで他人の目線が集まるー、俺嫉妬しちゃうー」

 普段より軽口が多いのはレムが起きた喜びの影響だろうか。それともエミリアとレムとラムとベアトリスに日本の魅力を教えられることに胸が高鳴っているからだろうか。

「そ、うね。私銀髪で紫紺の瞳の魔女と容姿がそっくりだもの。認識阻害ローブもないし悪目立ちしちゃうわよね…」

「そういう意味で言ったんじゃないよ!エミリアたんが綺麗で眩しいーって意味だよ。こっちでは銀髪に恐怖する人なんていないから大丈夫!でも、髪色って話だとレムもラムもベア子もめちゃくちゃ目立つじゃねーか!」

「なーんだ安心しちゃった。心配して損しちゃったじゃない」

「そうかしら。ベティもスバルの故郷と聞いてスバルみたいに口うるさいニンゲンばっかりかと警戒して損したのよ。ほとんど黒髪で個性の少ないニンゲンどもなのよ、ふんかしら!」

 エミリアの安堵の表情を他所にベアトリスが日本人について苦言を呈す。

「それでスバル、ここがどこだか分かったの?」

 スバルの軽口から話が膨らみ別方向に逸れるのはよくあることだがようやく最初の質問に戻ってくる。

「そうそう、ここはね俺の地元からは結構距離のある場所なんだけども、俺が人生最初で最後の修学旅行で来た思い入れのあるところだった!その名も…」

「その名も…?」
「その名も…?」

「日本の古都、京都だ!」



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ありがとうございました。あと2.3話続きます。
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