照明の揺れる食卓の下で
カーテンの隙間から昼の白い光が射していた。夫はグラタンを作っていた。私がだらしなく食卓に突っ伏してスマホをいじっていると、オーブンに入ったグラタンが焼けてきたようで、ホワイトソースの焦げた香りが私の鼻を掠めて行った。
「そろそろできたかな」
夫はそう言うと、ミトンを手につけて、オーブンからグラタンを取り出した。
私と夫が一つ屋根の下で暮らすようになってから、およそ1年が経つころだった。今日は特別何かあるわけでもないただの休日。仕事もなく所在ない、とろけるような時間が過ぎていく。時間が止まった世界で、夫は時間を動かそうと、いそいそグラタンを作っていた。
「みてよ、結構上手くできたんじゃない?」
オーブンから取り出したばかりのグラタンは、まだ熱く、ココット皿の縁のほうが沸々としていた。
「美味しそうだね」
「でしょ?お昼にしよっか」
夫が食卓に、グラタンを乗せた。
「先、食べてよ」
夫がそう言うので、私は一口、そいつを口にいれた。
「しょっぱい。」
「本当に?」
彼も一口食べた。
「本当だ。しょっぱい。」
彼が少し悲しそうな顔をするので、私は少しの嘘をつく。
「でも、美味しいよ。ありがとね。」
彼はそっとスプーンを置く。
「なら、よかった。でも、流石にちょっとしょっぱいから、食パンと一緒に食べようか。」
彼は食パンを焼きに台所に向かう。その間、私はもう一口、塩辛いグラタンをさらりと口へ運ぶ。ふと、窓から風が吹き通る。半透明のカーテンがなびく。私は椅子にもたれて、だらりと上を見上げる。照明もかすかにゆれていた。私はふと思う。
「のろま。」
チンッと鋭い音がなった。食パンが焼けたようだった。夫がお皿に食パンを乗せて、食卓に持ってくる。私は彼につぶやく。
「暇だね。時間がのろい。」
「そうだね。」
「まぁ、たまにはいいんだけどさ。」
「まぁね。」
「あんたも、ちょっと休んだら。」
「食べたら寝るよ。」
「そう。」
グラタンを口に運びながら、丁寧に四等分にされた食パンを食べる。あっという間に、ココット皿のグラタンは崩れて無くなっていった。
「今度はうまく作るよ。」
「今回のも十分美味しいよ。」
「もっとだよ。」
「楽しみにしてる。」
夫は食器を洗って片付けると、リビングのソファで横になってうつらうつらとしていた。やがて、彼が眠りの底につくと、部屋は静かになった。頬杖をついて私もぼんやりとする。気怠い雰囲気と共に時間が止まってゆく。体が段々暖かくなってきて、瞼が落ちてくる。だんだんと暗くなっていく。虚ろなまま、現実と夢の間で私は思う。
人の幸せとはつまるところ、時間の緩急である。
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