『増壹阿含経』巻第八より周利槃特のこと

 このように聞いた。仏が釈迦族の地のニグロダーラーマ園に大比丘衆五百人とともにいたときのこと。そこには国中の豪貴であったり著名な釈迦族の人が五百人あまりいて、講堂にて論集の意味を確定しようとしていた。
世典バラモンは釈迦族の所に行き、彼らの言葉で「諸君は何をしているのか」と語りかけた。
 そこには沙門・バラモン・世俗の人がいっぱいいて、みな論議に加わっていた。
「この中に、カピラ城から来た高才にして博学な人が二人いるのです。一人は周利槃特比丘、もう一人は至真等正覚たる釈迦族のゴータマ如来です」
見れば、物を知らず智慧のなさそうな、言語不明瞭で動作のおぼつかない者がいる。これが槃特らしい。カピラ城一番の無知の人だという。そして見るからに汚い格好の人がいてこれがゴータマらしい。
「彼と論議なさい。もしバラモンが彼ら二人と論議して勝てば、我ら五百余人はあなたに必要なだけ供養しましょう。そして二万両の純金をさしあげましょう」
 バラモンは思った。〈彼らはカピラ城の釈迦族で、皆、聡明でいろいろな技術にたけている。あざむいて普段と違う姿を見せているのではないか。もし彼ら二人と議論して勝ったとしても何ら珍しいこととはされないだろう。彼らが私に勝てば、愚者が勝ったことになる〉こう考えて「彼らと議論することは私にはできない」と言って去った。
 周利槃特は時間が来たので鉢を持ってカピラ城に入り乞食をした。世典パラモンは遠くから周利槃特の来るのを見て思った。今行って彼と議論をしよう。
 世典バラモンは周利槃特のところに行き言った。「沙門は何という名だ」周利槃特「待ちなさい。どうしてバラモンは名を問う。議論をしに来たのではないのか」「沙門。私と議論してもよいのか」「梵天とでも議論はできよう。あなたのような盲者・目なしの人と議論できないはずがない」「盲者は目なしではない。目なしは盲者ではない。この一義をとってもどうして煩重でなくいられよう」
 周利槃特は空中に駆け上がり十八神変をなした。バラモンは思った。〈この沙門は神足を得ただけで議論ができないのだ。もし私と議論すれば、弟子にできるかもしれない〉
 尊者舎利弗が天耳通で周利槃特と世典バラモンが議論するのを聞き、槃特を見えなくして隠し、槃特に変身した。バラモンに言う。
「汝、バラモン。この沙門が神足通を得ただけで議論が出来ない者だと思うのなら、よく聴くがよい。議論をしようじゃないか。この議論は、本当は引喩になっているのだ」そしてバラモン名をたずねた。「梵天という」「汝は丈夫(立派な男)か」「丈夫である」「人か」「人である」「何をバラモンと言う。丈夫か人か」「人もまた丈夫である。同じ意味だ。煩重にすることもなかろう」
「ならばバラモン、盲人と目なしは同じではないのだな」「沙門よ、何を言う。目なしを名づけて盲人としているのだ」「今世・後世の生滅を見ず、善色・悪色の好醜を見ず、衆生のなす善悪の行を見ず、かくのごとくして永遠に見ることを知らぬ者を盲人と称したのだ」「では目なしとは何か」「眼は無上智慧の眼である。その人はこの智慧の眼がない。よって目なしと称したのだ」
 バラモンは言った。「やめよやめよ沙門よ。この雑論を捨てよう。私は深い議論をしたいのだ。沙門よ、法によらず涅槃を得る方法はあるか」
「五蘊によらず涅槃を得る方法はない」「何を言うのか、沙門よ。この五蘊(肉体)が有縁・無縁を生じるのではないか」「そうだ」「何を五蘊の縁(よって立つところ)と言う」「愛が縁だ」「愛とは何か」「生である」「生とは何か」「愛だ」「愛にはどのような道があるのか」「賢聖の八品の道がある。いわゆる正見・正業・正語・正命・正行・正方便・正念・正定である。これを名づけて賢聖八品道と言う」
※「賢聖八品道」=八正道です。それが「愛」としてとらえられています。

 そして周利槃特は広く説法をなした。バラモンはこれを聞いて心の諸塵垢が尽き、法眼の浄きを得た。そしてその場で身中に刀風が起き命を終えた。
 尊者舎利弗は元の姿に戻り、空中を飛んで元の場所に帰った。尊者周利槃特比丘は釈迦族の皆が集まる講堂に戻った。そして釈迦族の言葉で語った。
「そなたら、早くバター油と薪を調達して世典バラモンを荼毘に付すのです」そこでそのようにした。四方の道のはじめに鍮婆(Stūpa/仏塔)を作り、
人々は尊者周利槃特比丘の所に来て頭を地に着け礼をし、一面に坐った。釈迦族はこの偈を尊者周利槃特に歌った。

♪荼毘によって仏塔を起こし 尊者の教えを違えず
 我らは大利を獲て この福祐にあう

周利槃特は偈をもって釈迦族に応えた。

♪今、尊き法輪が転じられ 諸外道を降伏した
 智慧は大海の如く バラモンはくだる
 善悪の行をつくり 過去より今、現在
 長い間忘れることはない それゆえまさに福となった

尊者周利槃特は広く釈迦族に説法をし、皆は言った。「もし尊者が、衣服・飲食・ふとんに臥具・医薬が必要な時は、我らが手を尽くして供給しましょう。願わくば微塵もおことわりにならぬよう」尊者周利槃特は黙ることで許可した。そこで釈迦族は尊者周利槃特の説く所に歓喜してうけたまわったのだった。

※みんな大好き周利槃特の話です。でも、大方は周利槃特に変身した舎利弗が議論をすませてしまいます。そして、お釈迦さんではなく周利槃特が皆にたたえられます。……釈尊入滅後の一時、周利槃特派が勢力を持ったということでしょうか。謎です。

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