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喧伝すべきは自身の潔白

 免許更新だった。長い事、無事故・無違反でいることができた為、判定は優良。ゴールド免許が交付された。
 優良。これは読んで字の如く『優れていて良すぎる』ということ。つまり、僕は組織から、公安委員会から、果ては警察庁から『優れていて良すぎる人物である』と認められたのだ。
 喧伝しようと思った。喧しく伝達しようと思った。自身の優れている部分を誇示し、誰これ構わずに優位性を取りたがるのは人間の性。僕もそれに逆らうことはせず欲望に身を任せて優位性を取りまくろう。具体的には、飲酒の席などで「ちょ、免許見せてもらって良い? え、ブルー免許じゃん、なにこれブルー免許って。存在する免許なのこれ。インドネシアで偽造していない? てゆーかお前、原付きの免許しかないじゃん。え、なんで。36歳にもなって原付きの免許だけなの。何お前、昨日高校に入学したんか。16歳なんか。16歳女子なんか。違うだろ、36歳のオヤジでしょ。オヤジで会社行くのに徒歩で行ってんの。田舎なのに何も乗らないで。森のざわめきを聞きながら行ってんのかって。お前、怪しいな。田舎に住んで原付きの免許しか持っていないって。支離滅裂だぞこれ。今から署に来てもらっていいですか。13時15分、確保しました」といった具合で喧伝しよう。
 たかだかゴールド免許如きでアホくさいと思うことなかれ。これにはとてつもない意味が込められているのだ。
 例えば運転している最中、無理な割り込みを受けたとする。相手の車は、訳のわからない電子音楽をうぉんうぉん鳴らし、七つの光を反射しているマフラーからは怪音が響いている。車種はワゴンRスティングレー。ボディカラーは白か紫とする。その車が無理な割り込みを行い、あなやもう少しで衝突事故を起こしそうになった。自分はただただ安全に運転し法律を守っているだけなのに、なぜこんな危険な状況に陥らなければならないのか。なぜ交通道路という秩序を乱してまで私利私欲を優先させるのか。それもこれも今目の前を走っているヤン車が原因である。許せん。絶対に許すことができない。危険な状況を作り出したことも許せないし、秩序を乱したこと許せない。ならどうするか。簡単である。アクセルを最大限踏み抜いて前を走る車の穴っぱしに正義をブチ込んでやればいいでないか。そうだ正義なのだ。僕は正義であいつは悪。これは社会の悪を排除する正義の天罰である。そうと決まれば悩むことなし。ぶっ殺す。
 といった黒い欲望を抱える事がある。この黒い欲望は厄介なもので、車に乗っていれば嫌と言うほど湧き上がってくるものだし、嫌と言うほど抑え続けなければならないものである。つまるところゴールド免許は、「お前は人を殺める事のできる機械に乗りながらも、湧き上がる黒い欲望を何年も抑えることができました。やるじゃん」という、私利私欲に走らず人を殺める行為に耽らなかった事の証明でもあるのだ。この誇るべき証明を喧伝せずいることができようか。いや、できない。反語表現。早速、交付したての金色に輝く自動車免許を取り出してみたところ、免許に付随している自身の写真が、過去と比べあまりにも肥えすぎて大変なことになっていた。喧伝するのはやめようかなと思った。

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