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ぬらり、歯が溶けてもダイバーシテエ

 ぬらり、とあんまり元気がない感じの気分に陥っており、家に帰れば一気に酒を煽って昏倒気絶直前に天井のシミを眺めては、瞳孔・水晶体・硝子体の中で反射している虚像を追いかける生活を過ごしておりました。その怠惰な生活、いやはや怠惰とは何事かね。この生活のおかげと強調するべきでしょう。この生活のお陰で、酒が内包する強めの酸性により歯はまっさら抜け落ち今では蒟蒻も食いちぎれないほどに食べ物を困っております。この状態になっても尚、卑しくも生き長らへようと試み、ミキサーやフードプロセッサーを活用して飲食物をドロドロとした粘液状の液体になるまで撹拌、それをちびちびと舐めながら栄養を接種して生き長らえて候。
 こんなどうしようもない状態まで来ると生きるとは何事かと、ということを考え始めるのでしょう。一般ピープルくんに置かれましては。これなんか変な表現よね。実はこの表現を倒置法というのですが、何かを強調したいときに使用する文章表現でございます。そう、つまるところ言いたいことは、某は一般ピープルくんとは違うということでございます。それを証拠に歯が溶けるまで酒を飲み腐っていたのですから。
 しかし、そんなことで一般ピープルくんとは違うとは何事かと怒りだす人もいらっしゃいましょう。確かに、今や多様性の時代、ダイバーがシテェしている時代でごさいます。酒を飲みすぎて歯が溶かした人間でも一定の理解を得ることができ、固形物を噛み切れないからと言つてミキサーで撹拌する人間も納得の範疇に収まるのでしょう。
 かく言ふ某も、昨日公園まで散歩へ行くと、砂場に落ちている苺のショートケーキを拾い食いしている人に出会いました。苺のショートケーキはサンゴ・貝殻由来の石灰岩の欠片を一身に浴びており、ケーキがもつ柔らかい白を包み隠しておりました。それは最早ケーキと言うより石の集合体、白というより灰色、食べ物というより建築資材。はっきり言つて、食べられるようなものではありませんでした。しかし、男はそんなこと意にも介さずむしゃりむしゃりと食べておりました。
 某はあまりの恐ろしい光景に足を竦ませながらも、写真を撮るなりなんなりをしてやろうかと考え慌てふためいておりました。しかし、頭に一つの言葉が横切りました。「ダイバーシティ」。そうこれからは多様性の時代。苺のショートケーキを砂場に落として食べた人間がいたとしても、それは一人一つにある個性であるということ。白を覆い隠すほどについた砂を意に介さず食べる人間がいたとしてもおかしいことはありません。この人はこの人なりに過ごしているのでございましょう。それを認めるということこそがダイバーがシテエシている状態と言ヘルでしょう。であれば、あとは気になることは一つだけ。一つだけでございます。「なぜ砂場に落ちたケーキを食べるのか?」しかございません。
 某は勇気を振り絞ってその人に問うてみまひた。なぜ砂だらけのケーキを食べるのでしょうか。なぜ白から灰色になっている建築資材を口にしているのでしょうか。それを聞いてみることにしました。

 「すみません」
 「…」
 「あの、すみません」
 「あ?なんじゃいおまへは」
 「いえ、あの、聞きたいことがあって」
 「聞きたいこと?ないじゃろそんなの」
 「あの、すぐに済みますのでこたえてもらってもいいですか」
 「はぁ、しょうがないのぉ。なら、早くしてよ」
 「ありがとうございます。では、聞くのですが、なぜ砂場に落ちたケーキを食べているのですか」
 「それは歯がないからだ」
 「え?」
 「だから、歯がないからだ。歯がなくて硬いものが食えんから、硬いものを思い出すために砂がついたケーキを食ってんのよ」

 ということらしい。
 つまり何が言いたいかというと、酒を飲み腐りすぎて歯がなくなっても砂を食う勇気すらない手前のような人間はダイバーがシテエしていることを語ることはおろか、多様性の輪に加わることも難しいということだ。某は苺のショートケーキ、もとい砂を食んでいる人のもとから足早に去って再度酒を飲み腐ることに専念した。未だ元気がない感じの気分が続いている。


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