ショートショート7 『Turtle talk』

僕とふしとは、モノレールを降り、たくさんの人が進む方向へただ流されるままに、歩いていた。

きっとその行列を上から見たら、→のマークを作ってくれていて、進むべき方向を教えてくれているかもしれない。

ありえない話ではない、なんてたってここはあの夢の国なのだから。


僕とふしとが流されるままに行き着いた先には、たくさんの人が列を作っていた。

自然と、待っているどの人たちの目にも輝きがあり、長い列にうんざりしている人や、イライラで癇癪でも起こしそうな人、もしくは、こんなの待ってられん、と怒鳴って帰りそうな人などは一人もいない。

皆が、今かいまかと待ち望み、まるでこの並びもアトラクションの一つとでも教えられているかのように、幸せの只中にいるように見えた。


隣にいたふしとが、すげー、と呟き、そして言った。


「登山家ってさ、ただテッペンに行くために登ってるんじゃないんだって。
険しい道中を、断崖絶壁の山道を苦労して登ったからこそ、
頂上の景色が何倍にも、綺麗に見えるらしいよ」


脇目もふらず、ふしとの視線はこの列の向こうの、手を振っている綺麗なお姉さんたちを見ながら、興奮気味にブツブツ喋っていた。

「つまり、この長い、永遠に待たなくちゃいけないような列を楽しめってこと?」

ムリだ。

まだ陽が昇る前の時間に起きて、二人で始発の電車に乗って、そのまま三時間。

電車の中では、なぜか二人とも興奮していて一度も眠らなかったし、
あれに乗ろう、ここに行こう、なんて初めてで勝手がわからない園内に胸をときめかせて、結局今になってしまっている。


正直、朝からはしゃぎ過ぎたし、眠気に襲われてきて、今はフラフラしている。

ふしとはすげー、多分こいつは昨日もそんなに寝ていないだろう。なのに、めちゃめちゃ元気そうだし、いつもよりテンションが高い気がする。たぶん、本当に楽しみにしてたんだろうな。


小・中・高と地元の同じ学校でずっと一緒だった。
多分こいつが一番仲良い、つまり親友であって、幼馴染み。

中学の時の修学旅行じゃ、こいつ、でっかいバッグ二つに、小さいキャリーケースまで持ってきて、気合い入りすぎだろ、ってみんなに笑われてたし。

お調子者だけど、優しくて、俺はそんなふしとが大好きなんだけどね。


「あと二組ぃー、おい、もう少しだぞ、最初どこ行くよ」

「なんかぬいぐるみが、入ってすぐのとこにいるらしい!母ちゃんに写真撮ってきて言われた」

「ぬいぐるみって…あれって常にいるかわかんないだろ。まぁいたら写真撮って損はないよな」

「それそれ。とりあえず火山の方行って、それでふぁすとぱすってやつ、とっちゃおうぜ」

「だな。もうだいぶ時間も経ってるし、入ったら全速力で行くか。そのあとちゅろすね、腹減った」

「あり。朝飯まだ食ってないし。この前テレビで見てうまそうだったよな」


じゅるり。

羨ましそうに、にやけ顔のふしとは、昨日からそれを食べたくてウズウズしてる。

そんな作戦会議に夢中になっていたら、僕たちの番が来た。


夢の国へようこそ。

そう元気よく笑顔で、アクリル版の向こうのお姉さんに言われた。


「高校生。二人です。」


ぎこちなく二人で代金を支払い、片面にそのキャラクターが写されているチケットを大事に、ポケットにしまう。

入り口でまた少し待って、さっきふしとが見惚れていたお姉さんと目が合う、満面の笑顔で僕たちを迎えてくれた。

僕たちはとうとう、園内に入った。


と、次の瞬間、

ふしとが、よーいどんっ、と勢いよく笑顔で僕の顔を見て走り出した。


僕もふしとにつられて、笑顔で、とびきりの笑顔でふしとの後を追いかけていった。


入ったばかりなのに、もうワクワクしていた。

もうすでに楽しすぎて、面白くて、眠気や疲れなんか忘れて、ただ幸せな気分だ。



あっという間に、先ほどまで僕の頭の上にいた太陽は、もう同じ目線の高さぐらいに感じて、赤黒く綺麗に周りの建物を照らしている。


もう何個もアトラクションに乗った。

火山のジェットコースター、海底を探索するやつ、ぐるっと一回転する左右にバンバン揺られる乗り物、トレジャハンターのやつ、もう二度と乗らないと決めたフリフォールの最強版、楽しそうにお化けたちが唄って踊って見てるだけだけど次も乗ろうと思ったやつ、あとはチュロスも食べた、山ほど食べた。お酒も買おうとしたけど、結局見つかって買えなかったのは残念。


とにかくいっぱい遊んだ。走り回って、大声出して、笑いあって、もうヘトヘトだけど、まだいける。いや終わってほしくない。ずっとここにいたい。


「もうだいぶ夜だなぁ。次どうする?」
両手にチュロスを持ちながら、嬉しそうにふしとが言った。


「んー、もうほとんど乗ったもんな、ファストパスももう無いし、混んでなさそうなやつとか」

「あーあれは、亀のやつ。ほらこの前テレビで見て、にもの亀が面白い話するやつ」



「それ今なら空いてそうだわ」

僕は携帯で、アトラクションの待ち時間を確認すると、10分と表示されている。

「それ行くかー」

「いこ!あれで話しかけられたら、俺絶対、喋らんないわ」



話がまとまる頃には、二人の足はその方向に向かっていた。


初めて来たが、園内をもう3周はしている。


走り回っては、おいあれがあるぞ、とか、これここだ!と、興奮しながら園内のその地形と乗り物の場所を把握していた。


もうそろそろ陽が沈みそうで、それに伴って、二人の口数も徐々に減っていたような気がする。

きっとそれは、帰りの合図を残酷にも示してきているみたいで、なんだか寂しくなって、そしてまだここにいたい、その思いがドンドン膨らんでいって。

きっと、ふしともそう思っているんだろう、そんな気がした。



亀のやつはすぐに入れた。

僕たちは適当に、真ん中の中央左寄りに座って、ドキドキしていた。

ぶーと、ブザーが鳴り始まりの合図を知らせると、すぐに、目の前の真っ黒い大きな壁に、元気が良すぎる亀が歌いながら現れた。

「ヘーイ、みんな元気にしているかーい」

口達者なその亀は、軽快なトークを繰り広げては、僕たちを笑わせてくれた。



亀が言う。


「誰かー、自己紹介してみたい奴はいないかー?
んー、いないのか、じゃあそこのオレンジ一色の君、そう君、うん、君だよ、君!」


それは僕の隣にいたふしとだった。

驚いたように、そして少し顔を赤くして、目線を亀に向けていた。

「じゃあ、かるーく君の自己紹介してみようかっ!」

「いいうりふしと、17歳、高校生です。今日初めて夢の国に来ました」

「ウンウン、いいうりふしと、いい名前だ。
なんだって今日が初めて?
どうだい、今日はサイコーーに楽しめただろっ?」

「はい、チュロスを8本も食べました」

「食い過ぎだぜー、このやろーー
まぁいい、なんてたってここは夢の国だからなーー」

亀がふしとに聞いた。

「ところでー、ふしとー、君のその名前なかなかいいなまえじゃないかー、なぜふしとなんだーーい?」


少し困ったように、下を向きながら何かを考えている様子のふしとは、数秒して顔をあげて、

「幼い頃聞いたんですけど、忘れました。でも僕もこの名前は気に入ってます」

「忘れるなー、ばかやろーー、まぁいいさー、ここは夢の国―、楽しんで帰ってくれーー!」


ふしとの番が終わったところで、この回が終わった。照明が明るくなり、アナウンスが流れて僕たちを出口まで誘導してくれる。

「なんか飲み物でものまない、喉乾いたわ」

ふしとがそう言うので、二人で近くの屋台みたいなところで、飲み物を買って、湖が見える場所に腰掛けた。

もう、陽は沈みきっていて、湖が綺麗にライトアップされているその光景は、とても美しい。

僕たちは、その幻想的な光景をじっとみながら、しばしば飲み物を飲み、考え事にふけっていた。

先ほどまであんなに騒がしかった園内も、今では静かになり、その静寂がまた僕を悲しみへと、帰路への時間を知らせているようで、不安にさせる。





「さっきさ、聞かれてたじゃん。名前の由来なんなのって、あれ本当に忘れたの、なんか小学校の頃言うじゃん、あの時ふしと、なんか言ってたよね」

僕が何気なくそう聞くと、くしゃっと笑顔で振り向いたふしとが、


「覚えてるよ、でもさ恥ずかしくて言えないよ、あんな人前でさ、しかもあんな話のうまい亀に向かって」


そう言って、恥ずかしそうにふしとは笑って言っていた。

「え、そうなの?
なに、教えてよ、それ気になるじゃん。」


「いいうりって苗字さ、言うっていう字に、売るって書くじゃん。
これはうちの父親の名前なんだけどさ、この2文字を合わせるとさ、読むってなるの」


「あー、確かに。読むだね。」


「それでさ、うちの父親は子供の頃からのジャイアンツファンなわけ。
なんかわかんないけどうちの父親さ、いいうりは繋げて読めば、よみうりだ、って昔から言ってての」


「よみうり?あー、まぁそう読めなくもないよな、ちょっと無理やりだけど」

そう言って、僕が少し笑いながら言うと、


「それ。無理やりだろって言っても聞きやしないの。
それで小さい頃から無理やり野球やらされて、月に一回はドームまで応援行って、ってまぁただの野球好きなんだけど」


「で、ふしとね。漢字で書くと 臥 って書くんだけど…」


「まさか…これって、きょじんに似てるからとかそんな感じ?」


「それ。最初は巨人と書いて、なおとってしようとしたらしいんだけど、母親がなんとか止めてくれて。じゃあ、いつかは巨人になれるように、起き上がれるようにって、それで臥なわけよ」

「まじか、巨人になっても面白かったけどな。読売巨人なんてまさに、野球のために生まれてきたようなもんじゃん」

「ばか、そんなんになっていたら、今頃は絶対グレてるね」


そんなことを笑いながら、少しバカにしたように話しているが、僕にはわかっている。


ふしとが今の名前を気に入っていて、そしてそんな昔話を大事そうに、誇らしげに、愛情ある眼差しで、父親のことを語っているふしとはきっと、きょじんでもなおとでもなんでも、今みたいなお調子者で、優しくて、そして親思いのいいやつになるんだろうって。


中学で肩を壊すそれまでは、ふしとは地元で一番うまい野球少年だったし、相当努力してたんだろうな。


今だって、全身オレンジ一色の見てるだけで恥ずかしい服装だけど、きっとふしとはこれでいいんだ。

誇らしそうに、その似合ったオレンジは、ふしとっていう名前が一番しっくりくる。


僕はふしとに笑いかけて、そしたらふしとも優しそうに目で笑ってくれて。

今日が、あと少しで終わってしまうのは嫌だけど、僕はこの先もふしととはずっと一緒にいるだろう。

そう思うと、なんだか心がスッキリしてきた。

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