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【感想138】きみの色

 ンまぁ~~~~山田尚子にしてやられたという気持ちになる。

 『リズと青い鳥』を挙げるとわかりやすいけれど、テレビアニメ版の『響け!ユーフォニアム』の雰囲気とは一変する穏やかで詩的な空間を舞台に文学的な物語を展開していく。
昨今、特にコロナ渦以降は人気シリーズのいちエピソードを劇場版として打ち出すのがメジャーで、ポツポツとオリジナル作品が出てくるアニメ映画の流れの中、映画監督のキャリアが比較的浅い中でエンターテイメントではなく物語を見せてくる胆力と、脚本・演出のバランスが取れているうえにどちらも高クオリティな作品を出せる実力は恐れ入るしかない。

他人に勧めやすい ★★★☆☆
個人的に好きか  ★★★★★


 作中でも数回、印象的な場面で語られるニーバーの祈りをキーにして辿っていくのが作品の核になる部分に触れやすいかなとは思った。

神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。
変えるべきものを変える勇気を、
そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えてください。

ニーバーの祈り Wikipediaより一部抜粋

 主要人物3人のバックボーンはほとんど語られず、仕草や行動をみて何かを察知するしかできない。
特に画面内で描いているものの雄弁さが顕著で、細かな手癖や頬の変化に背景や道具の映し方にショットの構図と、アニメーションで出来る描写と映画という媒体の強みを活かした演出で見せてくる。

 しかも映画としてのアプローチがバチバチに決まっていて、かつ物語の主旨は学生3人が一歩踏み出すまでに過ごす少し特別な日常の風景と、ポップさやエンタメ性に振ってみたりが出来そうな条件の中で山田尚子の世界を余すことなくお出ししてくる。
トツ子の「色がみえる」というのも能力というよりは感覚的な話で、『ピアノマン』に出てくる雪祈の幼少期の話とほぼ同じ感じだとは思う。あくまでトツ子が感じていることを覗くことができるのを活用して演出する。けれど作中現実のフィクション感は強めないっていうバランスが特に巧いなと思った。

 中でも作永きみと影平ルイの描き方は個人的にもかなり好きな手法で、当人の心境や本音は自身の口から吐露した言葉以外に確信が得られるものがない。
島の医者を継ぐことがほぼ既定路線として親にも認識されているルイ自身、やりたいと言っている音楽にどれだけ傾倒しているかは明確に線を引かれない。
本当はミュージシャンになりたいとか、医者になるのが嫌だから音楽を選んだとか、理由を観客含めた第三者には明かされることなく決断をするわけだけれど、こういったいち個人の中でしか測り得ない気持ちの問題を型に嵌めることなく進めていく。

※追記分※
 この不明瞭だった2人の視点がノベライズで描かれていたけれど、個人的には読んで後悔したって思ったぐらいオススメ出来ない。
詳細が判明するというよりは、理屈を通すための肉付けをされている、て感覚の方が近い説明が多かった。
高校生3人の視点なので大人からの目線は徹底して省かれているのは良かったけれど、作品の性質以上に文章自体の噛み合わなさもあってこのノベライズはナシだな、て思いました。参考までに。


 これは説明していない、不親切な、ていう見方は出てくるだろうけれど、人間に限らず生き物の考えている事や感じている事の真実は当人ですら理解できないこともあるので、むしろ言語化したりカテゴライズしてしまうことの方が野暮だし暴力的な事だと思う。
ともかくアニメとしても映画としても飛び抜けて良い作品だと思うし、いろんな人に見てほしい。

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