嫌だと思う事について

今回は、個人的な見解のスピリチュアルが入る内容かと思います。と言っても感覚の話なので、人によっては「違う!」となる可能性もあります。

起業してお陰様であとひと月で1年たつのですが、自分の中で「良い」「悪い」という直感も交えて経営をしてきたと思います。
勿論、時流や数値も考慮しつつなのですが(ここは、バランス的な感じです)

良さそうやなと思う案件だと、いけるけど、、、どこかの面で、ちょっと引っかかるなというのは、最初は良くても後々少しトラブルが発生したりと、、、これは試練と捉えるべきか、捨てるべきなのかと判断迷います。
今でも、挽回したり、やっぱり少しダメだったりなどもあります。
※こういうところは、まだ答え出てないですね。滅茶苦茶ダメな場合は手を引くしかないのですが・・・。

あとは、お歳暮とか年賀状とかでしょうか、、個人的には正直面倒くさいと思っています。信頼関係あるなら、いらなくね?って思うくらいなので・・・。
そういうのも「嫌」という感情がでてきますね。
私は38歳なのですが、子供のころから、年賀状という文化は結構面倒じゃない?と思っておりました。
今の企業によっては、年賀状や、お歳暮関連の御断りもありますし、そういうのを見ると私の感覚は間違っては無いなと思う事は多々あります。

感覚的な話では、カードゲームのソーシャルゲームが流行る前に、携帯でマジックザギャザリングみたいなの作れば流行るのでは?と会社にいたころに提案しましたが、見事に不採用でした。後にそういったものが流行っていたので、、そういうのを垣間見ると、自分の感覚に従う方が良いのかなと思ったりしてしまいます。

感覚だけでなく、感覚を実証できるようなある程度の調査や仮説も必要なのでしょうが、自分の感覚だけで生きれたら気持ちが良いなと思いました。

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