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水泳のこと「生とは何か」

生とは何かがわからなくても水泳のベストを更新してきたし
わかったとしてもベストを更新する力になるとは期待していない。

多くの水泳選手にとって
生とは何かは考えるに値しない問題であって
特にレース中はストローク数やテンポの方がよほど重要な問題である。

さらには呼吸が苦しく体が痺れる場面でさえ
生とは何かを意識することもなく
(生死を比喩に苦しさを表現する選手が多いにも関わらず)
平気でもうひと掻きだけ呼吸の我慢を選択することもある。

レース中に何かを考えることは脳での酸素消費を速め
1/100秒で刻まれるタイムに影響が出ることは言うまでもない。

生とは何かをわからないまま泳いだ方が
マスターズ大会で一定の成果をあげ
水泳に疎い友達に自慢できるほどになれる。

要するに、大部分の水泳選手にとって
生とは何かは言われてみれば興味がある程度の選手控室でのストレッチついでに考える話であって
あえて真剣勝負のレース中に考えるテーマではない。

平均的なマスターズ選手のSNSなど
暇中の暇の人間しか目を通さないから
生とは何かを考えるには都合のいい場所である。

多くの人は生の定義を意識することなしに生きている。

水泳に例えるなら
流体から得る反力と抵抗のバランスを理解せずに
より速く泳ごうとしているようなものである。

「水泳はメカニズムを解明するより、厳しく苦しい練習をこなした方がやさしい」

これが水泳選手の立場であり
同様に生は「定義なくとも一目瞭然」なのである。

生物物理の耳をかじったことのある私が理解する生は3つの属性で成り立つ。

「自己複製」、「エネルギー代謝」、「細胞構造」である。

泳いでいる私は生である。

Take your marksの合図と同時に
数多の化学反応を無意識に引き起こす。

飛び込むや否やアドレナリンが増幅され
正体不明の推進力に変わる。

「良い泳ぎが出来ている」
と気づくことで結果に期待が高まり
さらにアドレナリンが増幅される。

言わば自触媒反応と捉えることができ
まさに「自己複製」である。

このレース一本に向け蓄積してきた糖や脂肪と、外部から酸素を取り入れ
筋群を緻密に動かす「エネルギー代謝」をしている。

そんな私も人間であり
細胞の積み木から成り立っている「細胞構造」を有する。

先に示した3つの属性を同時に有する、泳いでいる私は紛れもなく生である。

しかしながら
これらの考え方が「生とは何か」という命題の回答になっていないことは理解している。

言葉遊びに終始していることは重々承知である。

泳いでいるとき
あなたも体験したことがあるかもしれないが
ふと過去の記憶が蘇ることがある。

生物物理学の門を叩いた大学院入学後
初めの授業で「生とは何か」を問われ
議論を尽くしたことが鮮明によみがえった2分11秒27だった。

(2018年某日、他SNSに記載)

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