地方の社会福祉法人の人手不足は解決できるのか | DoingからBeingへ | Vol.3 後半
第3回後半のゲストは社会福祉法人で人事・採用を担う川渕一清さん。福祉社会学者の竹端寛とSWLABディレクターの今津新之助が、川渕さんの活動について話を伺います。
川渕 一清(かわぶち・かずきよ)
まちの人事企画室 主宰、社会福祉法人みねやま福祉会 人材開発室
1985年生まれ。京都府京丹後市出身。立命館大学政策科学部卒業。一般企業勤務を経て地元にUターンし、商店街活性化や移住支援等に従事。現在は社会福祉法人みねやま福祉会 人材開発室にて人材採用・育成を行い、新卒20名のうち約8割の移住者採用実績を挙げる。また、丹後・但馬地域での仕事・暮らしのサポートを推進するために有限責任事業組合まちの人事企画室を新たに設立し、地域行政や企業への人事・採用領域も並行して行う。
若者が集まる福祉の現場が丹後半島にある
竹端先生:福祉・介護業界の人手不足は現代社会の抱える大きな課題です。「募集しても人が集まらない」「やっと採用した若者が定着しない」という状況に、解決策が見いだせない法人さんは多いと思います。
川渕さんが働く社会福祉法人みねやま福祉会さんは、新卒の若者を20名採用されていて、これは地方の社会福祉法人の関係者が聞いたら「どうやって!?」と驚く数字です。川渕さんの自己紹介と合わせて、人事・採用担当としてどんな仕事をされているのか、お話を聞かせてください。
川渕さん:社会福祉法人みねやま福祉の川渕です。驚いてくださってありがとうございます。笑 うちの法人も例にもれず人手不足に頭を悩ませてきました。
川渕:みねやま福祉会は京都府の日本海側、丹後半島に位置する京丹後市にあります。児童福祉・障がい福祉・高齢者福祉の分野で20事業所を運営する歴史のある社会福祉法人です。職員数は約600名。縦割りの閉じた福祉ではなく、地域にひらいた「ごちゃまぜの福祉」に取り組んでいます。
ぼくは京丹後市で生まれ育ちましたが、子どもの頃はみねやま福祉会のことは知りませんでした。福祉に対するイメージは「高齢者の介護とか…」と思っていました。高校卒業と同時に地元を離れ、大学卒業後はSONYに就職して、東京でマーケティングや営業の仕事をしました。10年前に地元にUターンをして、いまに至ります。
帰ってきた地元の寂れ具合に不安を感じた
今津:東京から地元の京丹後に戻ったのはなぜですか?
川渕:ぼくは長男なので「いつかは地元に帰るだろう」という想いはありました。けど、こんなに早く戻る気はなかったし、東京の仕事はやりがいもあって楽しかった。きっかけは母が病気で余命3ヵ月だとわかったからです。急遽、地元に戻ることを決意しました。
10年ぶりに地元に戻って、正直なところ、最初は不安と絶望感でいっぱいでした。町の寂れ具合は目に見えてわかるし、人口が減って、子どもが減って、衰退の一途をたどる町で「俺はここで一生を終えるのかな…」って。
川渕:みねやま福祉会での人事・採用の仕事は、地元に戻ってすぐにはじめたわけではありません。いくつかの仕事を経験しました。
元旅館をリノベーションしてシェアハウス・コミュニティスペースをつくる事業を手伝ったり、国内外のアーティストを招いたアートイベントの事務局を運営したり、地元に昔からある「こまねこ」を活用した地域おこしのファシリテーションをしたり。この地域に昔からあるものを組み合わせて、いまのひとに知ってもらい活用することに関わらせてもらいました。
移住促進の仕事から、人事採用の伴走支援へ
川渕:その後、移住促進の仕事に2年半くらい携わりました。移住したい人のための現地ツアーを組んだり、移住希望者のための住まい・仕事・居場所などの受け皿づくりをしたりすることで、20代~30代の若い人が京丹後市に増えてきています。
竹端:移住促進の仕事をしてはったんですね。
川端:いまも京丹後市の宇川地区で移住促進の仕事(宇川スマート定住促進協議会)を続けています。その他に、行政や地元企業の人事・採用を手伝う有限責任事業組合"まちの人事企画室"を立ち上げました。あれこれ手を出しているわけではなくて、みねやま福祉会での仕事もそうですが「人と人をつなぐ仕事」という部分は共通しています。
みねやま福祉会の2020年度の新卒採用は、ぼくが移住支援の仕事をしているということもあってIターンの移住者が11名、Uターンの移住者が5名、地元在住者が4名という内訳になっています。
竹端:Iターンの移住者は先に京丹後市に移住することが決まっていて、あとから「みねやま福祉会で仕事があるなら働こう」という人ですか?
川渕:中途の転職のひとはそういう人もいますが、新卒採用の場合は「みねやま福祉会で働きたいから」という理由で京丹後市に来てくれる人が多いです。2021年も6割くらいがIターンになる見込みです。コロナの影響でオンライン面接をするようになって、これまで出会えなかった関東圏や東北の人など、物理的な距離を越えて採用活動ができるようになりました。
「地方だから」「福祉だから」を言い訳にしない
竹端:それはすごい!地方の社会福祉法人さんは「田舎はひとがいないから、募集を出しても人が集まらない」という悩みをよく聞きます。新卒を20人も採用できるのは、みねやま福祉会さんが魅力的な職場だからだと思いますが、それ以外にどんな秘訣があるのでしょうか?
川渕:秘訣というわけではありませんが、人事部に専任の担当者を置いて、採用戦略を立てて採用活動を行っています。福祉業界では人事部に専属の担当者を置かず、現場との兼務でやっていることが多いですよね。それでは非常に難しいと思います。みねやま福祉会の場合は体制ができたので、採用戦略を立てて採用活動を行い、課題があればひとつずつ改善することを繰り返してきました。「地方だから」「福祉だから」を言い訳にせず、体制づくりと採用戦略を練って取り組めば結果はついてくると思います。
竹端:ぼくやゼミ生は人事のことは詳しくないので、採用戦略とはどういうものか教えてもらえませんか?
川渕:まずは採用活動の大まかな流れについて説明しましょう。
川渕:採用までのプロセスは4つあって、最初に「広報と募集」、次に「施設の見学」、その次に「採用試験の実施」、最後に「内定と入社」です。若者や学生は都心に集まりがちなので、京丹後市のような田舎の社会福祉法人で「働きたい!」と思ってもらうのは簡単なことではありません。
川渕:仮に広報・募集の段階で100人の学生に会えたとしたら、見学に来てくれるのが30名(30%)、そこから3名(10%)ぐらいが採用試験を受けたとしても、内定辞退をするひとが1名(33%)はいるので入社は2名です。
採用目標人数を設定して、こうしたロジックに当てはめて計画を練るのが採用戦略です。もし新卒採用で20人に来て欲しかったら1000人に会わなければいけません。1000人って大変な数ですよね。予算が1000万くらいあればできるかもしれないけど、そんなにお金はかけられない。じゃあどうするか。
今津:どうするんでしょうか?
川渕:ポイントは2つあります。ひとつは、母集団を増やすことです。母集団を増やすために福祉の就職フェアなどに積極的に参加をして学生と出会うチャンスを獲得していきます。
もうひとつは、移行率(%)を上げる・内定辞退率を下げることです。出会った学生に採用試験を受けてもらうためには、法人や地域のことを知ってもらいたい。ワンデイツアーを企画して施設見学をするだけでなく、社宅の様子や近隣のアパートも見てもらいます。
あと、京丹後市に移住して楽しく暮らしている若者と話してもらう機会もセッティングしています。仕事と暮らしの両方を知ってもらうことで、学生の不安も払拭できるはずです。
若者の不安に寄り添い仕事と暮らしを提案する
竹端:仕事と暮らしの両方を知ってもらうことなんですね。
川渕:失敗もたくさんしてきましたが、失敗の理由を探ってリカバリーをして、少しずつ改善をしてきました。あ、そういえば、少し前に、車の選び方講座をやりましたよ。いまの学生って車を買った経験がないので、車屋さんに来てもらって選び方を教わって「この地域は冬は雪が降るので四駆を選んだほうがいい」とか教えてもらいました。
竹端:そこまでするんですね。
川渕:工夫を尽くしても内定辞退をする人は3割ぐらいいます。そういうひとは、払拭できない何かがあるのでしょう。これからの福祉は専門家だけでやっていくのではなく、いろんな人と手を携えて、福祉という言葉に捕らわれず、目の前にいる人とどうやっていくかを考えなければなりません。
ぼく自身は課題解決が好きなので、「どうやったらできるのか」を考えるのは楽しいです。自分だけではできないなら「一緒にやりましょう!」と周りを巻き込んで考える。それを繰り返しながら進んでいる途中です。
仕事と暮らしの舞台装置を整える黒衣でありたい
竹端:地元に戻ってから川渕さん自身の変化はありましたか?川渕さんはどんな Being(=ありかた)を大事にしていますか?
川渕:東京から地元に戻ってきたときは不安でいっぱいでしたが、いまは周りに面白い人が沢山いて、一緒に未来をつくる仲間ができました。地方にこそチャンスがあるし、田舎でできることはたくさんある。いまはそういう考えに変わりました。
川渕:ぼく自身の Being については、黒衣のような存在であり続けたいと思っています。「まちの人事企画室」のロゴマークは黒衣をモチーフにしています。黒衣は表舞台には出ませんが、黒衣がいることで演者がいきいきと活躍できます。
川渕:仕事と暮らしなどの舞台装置を整えることが楽しいし、ぼくはとにかく課題解決が好きなようです。笑 課題をオモシロおかしく解決すると関わっている人たちが喜んでくれます。そこに仕事のやりがいを見つけることができました。移住支援や福祉領域の仕事と出会ったのは偶然ですが、そういう経験を何度もさせてもらいました。
最近はチームで働くことの面白さも実感しています。予期せぬ新しいことが生まれるので、そういう発見を楽しみながら仕事と暮らしを味わいたいと思っています。
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【自主ゼミ2020】「DoingからBeingへ~福祉社会学者とともに、SWLABを探究する~」とは
正解なき時代を生きる私たちが他者や世界と向き合っていくために、ソーシャルワーカーとしての生き方・働き方、魅力や可能性をともに探索していく場。狭義のソーシャルワーカーの枠をはみ出したゲストの方々、そして参加者の皆さんと対話・共話を重ねることで、ソーシャルワーカーとは何かを問い直し、深めていく時間です。20年10月から21年3月までの半年間にかけて全10回開催しました。
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SOCIAL WORKERS LABで知る・学ぶ・考える
私たちSOCIAL WORKERS LABは、ソーシャルワーカーを医療・福祉の世界から、生活にもっと身近なものにひらいていこうと2019年に活動をスタートしました。正解がない今という時代。私たちはいかに生き、いかに働き、いかに他者や世界と関わっていくのか。同じ時代にいきる者として、その問いを探究し、ともに歩んでいければと思います。
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