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みんな大好き Grittibänz のレシピじゃなくて、名前の由来について。

みなさんこんにちは。スイスラボの言語学者 Yamayoyam です。

この季節(11月)になると、スイスのスーパーに「Grittibänz(グリッティバンツ)」というパンが並ぶようになります。こんなの↓。

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今年早くも2個目のこちら(↑)は、家の近所の Migros にて購入してきました。スイスには2大スーパー、Migros と Coop があるのですが、Migros はその一つです。どの街にも Migros と Coop の店舗が競い合うように並び立っています。って、ちょっと大袈裟か。さて、Grittibänz に咄を戻します。Grittibänz は木の枝を抱えた人型のパンで、食べてみるとほのかに甘い白パンの味、目をかたどったレーズンとふりかけてあるザラメ砂糖がアクセントです。クリスマス関連のお菓子で、正式には聖ニコラスの日の12月6日に食べるそうです。その大分前から食べてるけど。このパン、ドイツ語ではWeckmann、フランス語では Mannala と呼ばれ、ヨーロッパ各地でこの季節になると食べられているそうです。その興味深い文化的な背景は、パン文化研究者の舟田詠子さんが書かれたこちらの記事に詳しいです。なんで聖ニコラウスの日にこのパンを食べるのかも説明されてますよ。すごく短くかいつまむと、このヒト型のパンはヨーロッパの古い習俗にゆかりがあり、森の精霊や鬼をかたどったパンなのだそうです。

なかなかおいしいパンなのですが、例によってこの言語学マガジン的には、パッケージに書かれているドイツ語の商品名「Grittibänz」が気になります。このパンの焼き方とかはそっちのけで、名前の由来についてなど雑文を綴っていきたいと思います!そんなときにお役立ちなのが、スイスドイツ語辞典を編纂している Idiotikon!今回はその Idiotikon のブログを読みながらこの気になる名前の由来についてお勉強してみました。

このパン、私の居住地ベルンでは「Grittibänz」として売られていますが、別の呼び名で売られている地域もあるようです。バーゼル(西北あたり)では Grättimaa、ルツェルンやゾロトーン(中央)では Hanselimaa か Hanselmaa、ヴィンタートゥール・ウンタートゥルガウ・シュタイン地域(東北あたり)では Elggermaa と呼ばれているそうです。

ベルン名とバーゼル名にある Gritti- とか Grätti- ですが、「大股で歩く、足を広げる」という意味なんだそうで。「grätschen(大股で歩く、跨ぐ)」という動詞に由来します。確かにパンの足もちょっと開いている。Grätschen 自体は、「gräten(跨ぐ)」というほぼ同じ意味の動詞の「強意形」と呼ばれるものです。日本語でいうと「酔う」に対する「酔っ払う」のように、基になる動詞の意味が強調された形です。ただ、基になった gräten 自体はどこからきたの?と調べてみても出所が不明なようで、語源マニアとしてはちょっと寂しい事案です。

二つ目の要素 Bänz は「Benedikt(ベネディクト)」という男性名のあだ名のようなものなんだそうです。ただ、Benedikt という名前は日本語の「太郎」並みにありふれた名前で、特に誰かを意味しているわけではないのだそうです。そもそもこのパンは、森の精霊・鬼をかたどったものだそうですので、納得。これらを踏まえて「Grittibänz」を翻訳すると、ワタシ的には「大股太郎」。文化的な背景を加味して、「鬼太郎パン」としましょうか。

バーゼル名の -maa は明らかに「Mann(男・人)」から。ですから Grättimaa はまんま「大股男」という意味。菓子パンの名前としては「鬼太郎パン」のほうが僅かに良いと思います。ルツェルンやゾロトーンではベネディクトの代わりに「Hansel(i)(男性名「ハンス」の指小形)」を使い、「Elggermaa」ではチューリヒとトゥルガウの境界にある街の名前「Elgg」が使われています。

Idiotikon のブログではさらに、19世紀までベルンではレープクーヘン(ジンジャーブレッド)用のスパイスの入った生地で、その他の地域ではツォプフという少し甘い白パン用の生地で Grittibänz を作っていたとあります。今ではベルンでもツォプフ生地で作られていて、写真の Grittibänz も言われてみたらツォプフと同じ味でした。ツォプフよりも、若干甘いかもしれないけど。

さてさて、ヘッダーにも挙げてある Tizian Merletti 氏作スイス版4コママンガ。

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(こちらから拝借してきました:
https://www.idiotikon.ch/wortgeschichten/graettimaa-grittibaenz-elggermaa)

コマごとに、こんな風に書いてあります。

1. Zeerscht verliert dr Grättimaa syyni Äärm.
 Zuerst verliert der Grättimaa seine Arme.
 まず最初に Grättimaa は腕を失う。

2. Kurz druff aabe Bai und Buuch.
 Kurz daraufhin Beine und Bauch.
 ほどなくして足と胴も。

3. Bivoor au dr Kopf nimm isch, goot är noonemool s Lääbe duure.
 Bevor auch der Kopf nicht mehr ist, geht er noch einmal das Leben durch.
 頭までなくなってしまう前に、Grättimaa は人生を思い返す。

4. Nit emool e Grättifrau het s ggää!
 Nicht einmal eine Grättifrau hat es gegeben!
 とうとう奥さんもいなかった・・・!と。

一行目に書いた原文のスイスドイツ語は、文中の Grättimaa から判断して、多分バーゼル方言だと我が家のスイスドイツ語話者は言うけど、どうなんだろう。二行目は標準ドイツ語訳。三行目は日本語訳です。スイスドイツ語の文言は、ほとんど標準ドイツ語と対応しているようでいてそうでもありません。例えば二コマ目の「druff aabe」は標準ドイツ語に単語だけ置き換えると「darauf ab」ですけど、そういう表現は標準ドイツ語には無くて「danach(そのあと)」か「daraufhin(そのあと)」とせざるをえません。三コマ目でも、「nicht mehr」がスイスドイツ語で「nimm」という縮約形になっていますが、これも標準ドイツ語では縮約しませんよね・・・。こんなふうによく見ると色々な違いに気づけます。そして何故聞き取れないのかもよく分かる。

普段早口に喋っているのを聞いても、「何言ってたのかよく分からなかった・・・」で終わってしまうことの多いスイスドイツ語方言。こんなふうに文字で書かれているのをじっくり観察できるのはありがたい機会です。

Grättimaa は生まれて(焼かれて)から2、3日ほどで食べられてしまいますし、確かに短い人生です。誰も女性版 Grättifrau パン(Frauは「女・奥さん」という意味)なんて焼いてくれないから、結婚もできない。Grättimaa の虚ろな笑顔に哀愁が漂う四コマです。

このマンガでは、Grättimaa は腕から食べられてますけど、私はいつもアタマから食べるなぁ・・・。人生を思い返す時間さえ与えないひどい食べ方ですね。みんなはどうしてるんだろう?と、ふと気になります。日本でもよくある「鯛焼はアタマから食べるか、尻尾から食べるか?」みたいな議論がスイスでもあるのでしょうか?

「Grättimaaはアタマから食べるか、腕から食べるか、いや、足から食べるか?」

スイス在住・スイスにゆかりのある方で、こんな論争(?)を耳にしたことのある方、コメント欄でも直接メッセージでも、タレコミをいただけると嬉しいです。

Yamayoyam

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