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リトアニアの歴史から~「本の密輸請負人」

みなさん、こんにちは。
Yamayoyamです。
先日リトアニアについての勇敢な記事を見つけました。

リトアニアが強権をかざす中国から離れ、台湾と連帯することを選んだという内容です(※1)。

巨大な中国マーケット・資本・軍事力を考えると、勇気ある決断です。

この勇気はどこから?という疑問の答えとして、記事の中で

リトアニアは過去にロシア帝国やナチスドイツ、ソ連軍の侵攻を受けた苦難の歴史を持ち、大国の侵略や覇権主義に対して強い警戒感を抱いている

ことが挙げられています。

これを読みながら、ロシア帝国時代の「knygnešys(本の密輸請負人)」のことを私は思い出しました。リトアニアの向こう見ずに見えるくらいの勇気は、今に始まったことではないよね、と。

「Knygnešys」とは、1864年から1904年、リトアニアでリトアニア語での出版が禁止された期間に、リトアニア語の本を密輸した人たちのことを指します。

1772年から1795年にかけて、世界史で有名な「ポーランド分割」がありました。ここでいう「ポーランド」とは、「ポーランド・リトアニア共和国」のことで、リトアニアも含まれていました。この分割を経て、リトアニアのほとんどがロシア帝国領となりました。

1856年にロシア帝国がクリミア戦争に敗戦して少し弱体化すると、それを好機としてポーランド・リトアニア地域で独立運動が相次ぎ、とうとう1863年に「1863年蜂起」と呼ばれる大規模な武力蜂起が起きました。ロシア帝国はもちろんこれを徹底的に武力鎮圧し、報復の一部として、リトアニア語を学校教育の場で禁じたり、領内でリトアニア語をラテン系文字で印刷・出版することを禁じました。

でも、リトアニア語をキリル文字で書くとどうなるか・・・。

右側が同じ本のキリル文字版(こちらより拝借)

読みにくいことこの上ない、といった感じになります。キリル文字は音韻体系の異なるロシア語を表記するにはぴったりだけど、リトアニア語を書き表すのには適していません。
当時のリトアニア人もそう感じたのでしょう。いや、それ以上に色々と憤るところがあったに違いませんが。キリル文字で印刷された本を、店頭に並んだのは買わなかったし、無料配布されたのは燃やした(!)らしいです。で、どうしたかというと、当時プロイセン領だった Königsberg (現 Kaliningrad) の印刷所でリトアニア語の本をラテン文字で印刷・製本し、それをリトアニア領内(ロシア帝国領だけど)に密輸したんです。

Knygnešiaiを記念してカウナスの記念公園に立てられた像
こちらより拝借)

禁書を領内に密輸するという危険なミッションを担った人々は、「knygnešiai(本の密輸請負人)」と呼ばれました。そして、今でもリトアニア人はその話をする時、ちょっと誇らしげに見える気がします。

いちおう言語学マガジンなので、言葉についても少し触れようと思います。

Knygnešys(knygnešỹs, -ė̃ (3b) / knỹgnešis, -ė (1) ) は、
「knyg-」「neš-」「-ys」の三つの要素から成り立つ複合語です。
それぞれ

  • 「knyg-」は、「knyga(本)」という名詞の語幹

  • 「neš-」は、「nešti(運ぶ)」という動詞の語根

  • 「-ys」は、こんなふうにいくつかの語幹や語根をつなげて単語(複合語)を作るときにつける接辞「-y-」(アクセントが置かれないときは「-i-」) 格語尾「-s」

です。
複合語「knyg-neš-ys」の中で、「knyg-(本)」は、「neš-(運ぶ)」の目的語。「~人」にあたる語は含まれていませんが、全体で「本を運ぶ人」という意味になります。この複合語が「行為者、~する人」というカテゴリーの名詞を作っていることが分かります。
そして、こんなふうに「目的語 - 動詞」の構造が隠れている複合語を、英語で「verbal governing compound」と呼びます。日本語で何というのかわからないのですが、「動詞句複合語」みたいな感じでしょうか?
リトアニア語だけでなくラトビア語でも、「-y/i-」(対応する女性形は「-ė-」)で語幹を締めくくる「verbal governing compound」は行為者名詞の意味になることがほとんどです。

私のストックホルムの先生は、リトアニア語の複合語のアクセントの研究を以前していました(※2)。今回、先生的に肝心のアクセントの話はスキップしちゃいますが、先生の論文に、興味深い一文があります。

「複合語を作る接辞(-y/i- の元になった)*-iyo- / -yo- は(印欧祖語で)元々は形容詞の標識だったが、(バルト語では)複合語の接辞として生産的になった(=頻繁に使われるようになった)。古代インドの言語おいてもこれと類似の発達が見られる。

Larsson (2002: 227)、日本語訳:Yamayoyam

つまり、あのサンスクリット語とも並行する発達ということですね。

ちなみに、*-iyo- / -yo- の末裔である -y/i- は、今でも形容詞語幹としても現役です。なんとなく、こういうところ(や屈折言語の中の屈折言語ぶりを堅持しているところ)にリトアニア語の頑固さというか、「我が道を行く」感を勝手に感じています。すごい勝手な雑感だし、そもそも私に言われたくないかもしれないけど。

これは私の勝手な感想ですけれど、今回リトアニアが勇気を見せたというニュースに接して、「おおぅ、勇気あるな!」ともちろん思ったのですが、むしろリトアニアらしいなと思ったのでした。

Yamayoyam

※1 クーリエジャポンの会員にならないと全文読めないらしい・・・。
【1月12日追記】同様の記事を見つけました!クーリエジャポンで読めないよ・・・という方は、こちらをご覧ください。
※2 Jenny Helena Larsson(著) “Nominal compounds in the Baltic languages” In: Transactions of the philological society, vol. 100 (2), 2002, pp. 201 – 231.

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