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旅のお供に読書で世逃げ

 自分は音楽家なんですが、街を出歩くときにヘッドフォンやイヤフォンはしません。そりゃあ昔は、20代の頃とかはウォークマン世代なのでしましたけどね。でもある時思ったんですよ。「ウチを出て歩く時間もビジネスにしちゃったのか」と。「タイムイズマネー」昔は「ふむふむ」とうなずいてましたが、今は顔を横に振ります。「時間を金に換算しよう」とするぐらい資本主義ははびこってしまったのかと。回り道迷い道を良しとしない、「時間の無駄」なんて感覚をベースにしちゃあ、逆に日々虚しくスマホを手にしてポチポチするしか無くなっちゃうじゃないですか?それこそ奴らの思う壺ってやつですね。

 微妙なライン引きが必要な話ではあります。俺はもちろんヘッドフォンやイヤフォンは好きだし、プロ用(というと逆に安っぽいですが)をいくつも持っています。それは制作からライブで使用するためであって、出歩く時間、散歩の時間には使用しないというだけです。実際友人知人にヘッドフォン〜イヤフォンメーカーの方もいますしね、そこを敵に回したい訳ではありません。「出歩き用」と銘打ってさえいなければ是非とも仕事したいぐらいです(笑)。

 「文学なんていらない」なんてことを言う人もいますが、それこそ「時間の有効活用」「時間の無駄」と言う感覚に陥った人が発する言葉だと思います。言うなれば文学は「余白」であり「土壌」であると俺は思ってます。その人に余白と土壌(背景)があるかどうかでその人の深み、作法の有無が一見してわかるはずです。寿司屋で10年修行するなんて馬鹿馬鹿しいとのたまうインフルエンサーがいらっしゃいますが、あの方などはまさに「タイムイズマネー」な生き方ですよね?ビジネス〜なんでも金勘定の才能は素晴らしいと思いますが、深みと作法が無くて最近は嫌いです。昔は色々ぶっ壊してくれそうで応援しちゃったこともあるんですが。

 「被害者x加害者」な図式で騒がれているあの件もなんか嫌ですねぇ。ライン引きが雑すぎて。全員が被害者で加害者な話なのに、自分は被害者の味方と宣言して敵を特定して糾弾するなんて、そんな正義の味方を気取る人が一番解決を遠のける人にも思っちゃいます。深くは触れませんが。

 そんなこんな膿だらけの現代、とついまとめたくなりますが、それはSNSに上がってくるものを含めて「マスメディア」が作り出した世界観です。陰謀論を言いたいわけではなくて、資本主義的な「アクセス数多い者勝ち」の社会である以上仕方がないことだと思ってます。むしろインディの方が何事も面白い。インディの方がグローバル、闇雲ではないポジティブにも溢れているし、冷静な視点を持っていたりする。そう言う意味で「読書」は最高です。本と(舞台)は忖度の要らない数少ないメディアですからね。

 9月の旅では耳を塞がない散歩もしまくりましたが、読書もしてました。いずれもバッタリ出会ったもの。特に原田伊織「明治維新という過ち」は近藤房之助さんと飲んだ時に教えていただき、速攻購入して読んだんですがまぁ目から鱗とはこのことで、明治維新という我々が学校で教わってきた歴史はあくまで倒幕に成功し政権を担い続けている旧長州の視点であって、冷静に時間軸を追ってみると全く違う「江戸時代→明治時代」が見えてくるのに驚きました。そのような、歴史の修正を繰り返す癖が太平洋戦争後ではなく関東大震災後でもなく、この頃にまで遡れるんだという驚きでした。尊皇攘夷と言って倒幕した途端に西欧追従となった明治初頭、鬼畜米英と言って敗戦した途端にアメリカ追従となった戦後、いずれも長州が中心となっていることがすごく腑に落ちました。

 「世逃げのすすめ」ひろさちや著は近所の古本屋でバッタリ出会って、軽く読むつもりが意外やというかかなり面白くて、その前作「狂いのすすめ」も買って読みました。仏教学者である著者は宗教全般に詳しく、いろんな視点で現代社会の膿を炙り出していく、、、で、結論「人生に意味なんてない」「そんな世(間)から逃げればいい」という着地。小気味いい、重くなりかけていた気持ちを軽くしてくれる視点を提供してくれる本でした。

 今はその、ひろさちやが勧めていたサマセットモーム「人間の絆」を読んでます。ひろさちや曰く、翻訳されたタイトルが間違っていて、実際は「人間の隷属」とでも言うべきで、要は「人生に意味なんてない」とでも言うべきタイトルなんだと。今から100年以上前の1915年に発表された本を読みながら、揺れ動きながら歳を重ねていくフィリップに感情移入していく、そんな時間は誰にも「無駄」とは言わせない。

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