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筋膜はそんなに単純ではない

▌筋膜の構造おさらい

 最近よく見聞きするようになった「筋膜」という人体用語。その言葉からは筋肉の外側を覆っている膜としかイメージできませんが、実はそんなに単純な構造ではありません。フィットネスや代替医療の分野では、筋膜リリースが大流行りで、今や100円ショップでもそのグッズが売られています。表面に凹凸のあるフォームローラーに大腿や下腿などを乗せ、コロコロ転がして使うのですが、果たしてそんなことで筋膜リリースなどできるのか、以前から疑問に思っていました。

 生物や保健体育の教科書にも載っている筋肉の構造は下図の通りで、筋膜にもいくつかの種類があります。

筋肉の模式図
筋膜の構造

 この図を見ると、筋膜というのは何層にも分かれ、体の表面近くではなく、皮膚や皮下組織のさらに奥にあります。もちろん、部位によっては皮下組織の薄いところもありますが、フォームローラーを転がしただけではリリースなどできるはずもなく、それには適度な圧や振動も必要になってくるのです(経験者は語る)。

 さらに、筋膜にはいろいろな機能と性質があり、それが「第二の骨格」とも呼ばれる所以です(下表)。筋膜には骨格筋だけではなく、靱帯や内臓を覆う膜も含まれるからです。そう考えると、果たして筋膜という言葉が適切なのか、その辺を明確にしなければなりません。

筋膜の主な種類と働き(『Tarzan830号』より)
筋膜の主な性質(『Tarzan830号』より)


▌筋膜ではなくファシア?

 筋膜を英訳すると、ファシア【fascia】という単語が該当するようですが、調査を進めて行くと、筋膜=ファシアではないことがみえてきます。逆にファシアを辞書で調べてみると、意外とあっさり「帯、束、包み、ひも」としか記載がなく(ほかに「自動車などのダッシュボード、店頭の看板」という意味もある)、ようやく医学の専門用語として、「筋肉と内臓を分離または束ねる線維状結合組織のシートまたは帯」という、元の意味から派生した解釈に行き着きます。まさにこれですね。

 つまり、上述のような機能や性質においては、そのままファシアと表現した方がより適確なようです。なので、以降はファシアと表記します。


▌なぜリリースが必要なのか?

 ファシアは網目状の線維で、結合組織のヒアルロン酸分子のもつれ、疎性結合組織(コラーゲン線維など組織をつくっている線維が比較的少ないもの)の質・量・粘性の変化などで高密度化(癒着)すると、関節可動域の低下、筋肉の協調性低下、組織同士の滑走性低下などを引き起こします。

 オーバーユースや加齢による疲労回復の遅延、ケガ・炎症やそれによる治療・手術、姿勢・骨盤傾斜の不良、骨盤アライメントの不整、非合理的な動作の反復、さらには運動不足、長時間同じ体勢でいることなども原因です。

 下の写真(右側)は癒着したファシアです。

ファシアの癒着(©Dr. Gil Hedley)

 こうした癒着部位が引っ張られて、侵害受容器(痛みのセンサー→筋外膜に多く存在)が反応すると、違和感や痛みを感じるようになるのです。そして、その癒着部位を何らかの方法で解いてあげるのがファシアリリース(筋膜リリース)です。

 癒着部位はエコー(超音波診断装置)でみると、より輝度が高く(白く)映り、癒着(高密度化)しているのがよくわかります。下の映像は、ペインクリニックなどでおこなわれているハイドロリリース(微量の麻酔薬が含まれた生理食塩水を注射)の様子です(保険適用外)。張りや痛みが楽になるのは、こんな感じで癒着が解かれるからです。


▌ファシアリリースの方法

 先にも述べた通り、ファシアリリースには、程度に応じて一般的なストレッチやフォームローラーに加え、適度な圧や振動をプラスすることが有効です。いくつか御紹介しましょう。

1.ファシアライン・ストレッチ

 これは、トム・マイヤーズ【Thomas W. Myers】氏が提唱する「アナトミー・トレイン【Anatomy Trains】®」をベースにおこなうストレッチです。アナトミー・トレインには大きく5つの筋膜経線があり、全部で12のラインがあります。

(1)フロントライン(前面)
  ① SFL;Superficial Front Line
  ② DFL;Deep Front Line
  ③ SFAL;Superficial Front Arm Line
  ④ DFAL;Deep Front Arm Line

(2)バックライン(背面)
  ⑤ SBL;Superficial Back Line
  ⑥ SBAL;Superficial Back Arm Line
  ⑦ DBAL;Deep Back Arm Line

(3)ラテラルライン(側面)
  ⑧ LL;Lateral Line

(4)スパイラルライン(螺旋状)
  ⑨ SPL;Spiral Line

(5)ファンクショナルライン(機能的)
  ⑩ FFL;Front Functional Line
  ⑪ BFL;Back Functional Line
  ⑫ IFL;Ipsilateral Functional Line

 詳細は割愛しますが、上記(1)~(5)を意識したストレッチが、ファシアライン・ストレッチです。

 アナトミー・トレインについてはこちらの書籍(←click/tap)を御参照下さい。

 ※アナトミー・トレイン公式サイト
 〈日本語〉https://anatomytrains.jp/
 〈英 語〉https://www.anatomytrains.com/

 公式サイトでは、アナトミー・トレインの概要を下記のように解説しています。

「Anatomy Trains maps the ‘anatomy of connection’ – the whole-body fascial and myofascial linkages.
【アナトミー・トレインのマップは、全身の筋膜と筋筋膜のリンクに基づいた’コネクションの解剖学’です】」

引用:アナトミー・トレイン公式サイト

 注目すべきは、筋肉の膜を「筋筋膜【myofascia】」と表現して区別していることですね。

2.リラクゼーションボール・リリース

 これは、100円ショップでも販売されているマッサージ用のボールを使ったリリース方法です。主に足底部や殿部、背部、股関節周りに有効で、何よりお手軽ですし、個人的には一番お勧めします。体重のかけ方で適度な圧を調節でき、ピンポイントでリリースできるのが最大のメリットです。

3.フロッシング・リリース

 これは、フロスバンドと呼ばれる天然ゴム製のバンドをリリース部位に巻き付けて圧迫し、自動運動(→ファシアの滑走性改善)や他動運動(→癒着したファシアの破壊)をおこなうことで、関節可動域の増加や動作時の違和感を緩和する効果が期待されています。フロッシングは”次世代ファシアリリース”とも呼ばれる新しいリリースメソッドです。

 フロスバンドは、ドイツのスポーツ理学療法士スヴェン・クルーズ氏が提唱する「Easy Flossing」のコンセプトを基に開発されました。NPBでもすでに採用されています。詳しくはこちらのサイト(←click/tap)を御覧下さい。


 いかがでしょうか?この記事を読んで、筋膜、いやファシアについて少しでも理解を深めて頂ければ幸いです。もし、違和感や痛みの原因がファシアの異常にあるなら、適正な方法でリリースしましょう。そしてさらに、その異常がなぜ起きたのかを究明し、再発防止のための根本的な改善を図ることが肝要です。



 参考:お勧めの電動フォームローラー8選(←click/tap)



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