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野球で使える筋肉をつくるには?

▌ウェイトトレーニングの功罪

 ウェイトトレーニングは、今まさに全盛期を迎えようとしています。野球界でもプロ・アマ問わず、むしろウェイトトレーニングをやっていない選手を探すのが大変なくらい、普及が進んでいます。日本のプロ野球選手がアメリカに渡り、SNSを通じて向こうの情報を発信するようになって、その加速度が増したように感じます。特にダルビッシュ有投手の影響が大きいのではないでしょうか?

 実を言うと、私は少し前まで、野球選手にとってのウェイトトレーニングについては懐疑的でした。しかし、その道の研究が進むにつれ、デメリットよりもメリットの方が多いことがリサーチでわかってきたため、以前ほど疑う余地はなくなってきています。

 メリットとして、筋肥大により体が大きくなることに加え、投手の球速が上がり、野手の打球飛距離やスイングスピードも飛躍的に伸びています。これは紛れもない事実です。

 ただ、アマチュア球界では、まだまだ練習環境にも格差があり、グラウンドが他の部活動と共用だったり、ウェイトトレーニングの施設がなかったりと、課題は少なくありません。特に私立と公立の差は激しく、高校野球では顕著です。

 最近では、甲子園常連校でさえ、その中でも格差ができつつあり、全国大会の決勝戦で信じられないような大差の付く試合も散見されるようになりました。一目でわかるのが体の大きさの違いであり、これはまさにトレーニングの進化に他なりません。

 しかし、私の懐疑心がゼロにならないのはなぜなのか?パフォーマンスが上がると共に、障害のリスクも変わってきます。単なる障害予防から、競技負荷の増加(球速やスイングスピードの上昇など)に耐えうる体の養成へと、トレーニングの考え方も変えていかねばなりません。

 ウェイトトレーニングが当たり前の世の中になり、私が最も危惧するのは、筋肉の硬さです。これは実際に触ってみなければわかりません。見た目は大きくなったけれど、使えない筋肉では意味がない。今回はその辺について掘り下げてみたいと思います。


▌使える筋肉と使えない筋肉

 「ウェイトトレーニングをすると筋肉が硬くなる」という誤解は、すでにさまざまな研究成果から解かれており、むしろストレッチよりも効果が高いことまでわかっています【Morton, S.K.ほか(2011)】。

 ただ、高負荷のみのウェイトトレーニングでは、筋肉の柔軟性は失われるという報告もあり【Shariat, A.ほか(2017)】、その点は十分注意しなければなりません。

 実際に、某大学硬式野球部での調査では、こんな実状がありました(調査のみで指導はしていません)。

 ● BIG3(ベンチプレス・デッドリフト・スクワット)しかおこなっていない
 ● すべてのセットを同じ負荷でしかおこなっていない
 ● 肩や肘のトレーニングをおこなっていない
 ● 拮抗筋のバランスを考えていない(上腕三頭筋だけ、大腿四頭筋だけなど)
 ● 自重でのトレーニングをおこなっていない

 中には、普通のウェイトトレーニングだけでなく、初動負荷トレーニングもおこなっている選手がいましたが、なぜか筋肉は硬く、何のための初動負荷トレーニングなのか、少々理解に苦しみました。まあ、初動負荷についてはさておき、上記のようなやり方では、野球選手のトレーニングとしては不十分です。これでは、知らず知らずのうちに使えない筋肉を養成してしまっていることになりはしないでしょうか?

 野球選手にとっての使える筋肉とは、瞬発力発揮の繰り返しに耐えうるしなやかな筋肉であり、ただ重いものを持ち上げる筋肉ではありません。使える筋肉を養成するには、技術練習と単なるウェイトリフティングだけではダメなのです。

 とは言え、筋力を上げるためには過負荷の原則が不可欠ですし、それで負荷を漸増させることは決して間違っていません。ただ、負荷を上げれば上げるほど、力学的に挙上速度は落ち、動作とのミスマッチが起こります。挙上重量がそっくりそのままイコール筋力ではないことを再認識すべきで、そこが盲点でもあるのです。


▌使える筋肉の養成実例

 では、野球選手にとって使える筋肉を養成するには、どうすれば良いのでしょうか?

 それにはやはり、技術練習とウェイトトレーニングとを橋渡しするものが必要になってきます。野球という競技は、先にも述べた通り瞬発力発揮の繰り返しです。ピッチングも、バッティングも、フィールディングも、ベースランニングも。瞬発力は、物理的に言えば単位時間当たりの仕事量[Nm/s]、つまりパワーです。そして、パワーは力[N]×速度[m/s]であり、力だけでは片手落ちなのです。さらに、ピークパワーは同じでも、そこに達する立ち上がり時間が重要で、スピードの意識や方法がないとパワーは頭打ちになります。

 下の動画は、アメリカ・ヒューストン大学の施設でおこなわれているトレーニングの様子で、ベンチプレスおよびスクワットのセット間にひと工夫、種目に準じた瞬発系のトレーニングを加えています。これは極めて重要な考え方です。

 いかがでしょうか?もし、同じ施設内でこうしたことができなければ、グラウンドでおこなえばいいわけで、工夫すればいくらでも使える筋肉の養成は可能だと考えます。

 あとは、メディシンボールスローや、大谷翔平選手もおこなっているプライオボールスローも有効でしょう。さらに、過去の記事でも紹介した、野球の動きづくり(四股トレーニング、ランジドリル、バウンディングドリルなど)も同様です。

球速(中学硬式野球)とメディシンボールバックスローとの関係
引用:『野球を科学する - 最先端のコンディショニング論』(竹書房)

 さらに、ウェイトトレーニング自体のメニューづくりにも気を遣うべきで、BIG3だけしか実施しないのはあまりお勧めできません。もちろん、やらないよりはいいですけど…。

 あくまでも私見ですが、ベンチプレスよりは、ダンベルフライやチェストフライ(マシン)といったフライ系の種目の方がベターですし、胸部の種目だけでなく上背部の種目(ラットプルダウンやワンハンドダンベルロウなど)もおこなうべきでしょう。

 また、スクワットはワイドスタンスにするとか、フロントランジやサイドランジを加えるとか、野球の動作となるべくリンクするように考慮すべきです。

 上腕部は三頭筋だけでなく二頭筋も、大腿部は四頭筋だけでなくハムストリングスも、それぞれ拮抗筋のバランスを考えてトレーニングすることをお勧めします。

 その際、上腕二頭筋のトレーニング(アームカールなど)は、肘を伸ばすときゆっくりゆっくり戻します。細胞レベルでは、三頭筋の方が二頭筋よりも収縮速度が速いため、投球時に肘が伸ばされる際、二頭筋が負けないように、過伸展しないように、エキセントリック収縮をより意識します。さらに、上腕部のトレーニングでは、肘の曲げ伸ばしの際に前腕の捻り(回外と回内)も加えましょう。

 大腿部については、ベースランニング時のハムストリングスの肉離れが多いため、前後の筋力比(H/Q比)を基にトレーニングしましょう。野球選手の場合は、スパイクを履いたときの受傷率が高いため、H/Q比の目標値を0.70~0.75に設定します。たとえば、片脚大腿部の前側(レッグエクステンションの1RM)が50kg、後ろ側(レッグカールの1RM)が30kgなら、H/Q比は0.60となり、これでは少し後ろ側が弱いため、後ろ側だけ1セット多くトレーニングするようにします。

 くれぐれも、上腕三頭筋だけとか大腿四頭筋だけとか、そういうインバランスなトレーニングはしないようにして下さい。

 負荷設定については、同じ負荷で全セットおこなうのではなく、なるべく1日の中で負荷を変えるようにしましょう。いろいろな考え方がありますが、個人的には変則ピラミッド負荷法をお勧めします。

 たとえば、5セットおこなうなら、ウォームアップセットを最初に設け(15~20RM)、
 1セット目:8~12RM
 2セット目:5~7RM
 3セット目:1~3RM
 4セット目:8~12RM
 5セット目:20RM

 また、3セットなら、ウォームアップセット後、
 1セット目:8~12RM
 2セット目:3~5RM
 3セット目:20RM

 可能な限り、挙上時はスピードを意識するようにし、戻すときは挙上時よりゆっくり戻します。また、ラストセットは負荷を軽くして、疲労物質を押し流すよう、初動負荷的にトレーニングをおこないます。いわばクールダウンセットです。時間に余裕があれば、トレーニングの最後に脈拍管理下で有酸素運動(自転車エルゴメーターやトレッドミルなど)をおこなうと、なお良いでしょう。疲労物質をできるだけ速く除去することも、筋肉を硬くしない手段の一つです。

 最後に余談ですが、話のついでに初動負荷トレーニングについて。これはイチロー氏が現役のときから引退した今でも継続しているトレーニングメソッドとして、あまりにも有名ですが、このトレーニングの最大のメリットは、関節の可動域を広げることと(特に肩関節と股関節)、筋肉の回復力を高めることにあります。初動負荷のマシンは、分類としてはフレックスマシンであり、一般的な筋トレマシンとは異なります。

 そのため、ある程度いろいろなトレーニングを経験した選手や、回復が遅くなったベテラン選手に向いており、シーズン中のコンディショニングに適したトレーニングと言えるでしょう。

 下図は、トレーニング後のヘモグロビン濃度変化を、一般選手と現役時代のイチロー選手とで比較したものです。明らかにイチロー選手の回復力が高いことが見て取れます。たぶん筋肉中のミオグロビン量も多く、障害が起きにくい筋肉であることは間違いありません。これは紛れもなく初動負荷トレーニング継続の成果です。

トレーニング後のヘモグロビン濃度変化(©TBS)

 かつての野茂英雄氏や川上憲伸氏の、マシュマロのようにフワフワとしたしなやかな筋肉を持つ選手は、今ではなかなかお目にかかれなくなりました。先天的な要因もあるとは思いますが、あの感触を忘れることはないでしょう。あれこそまさに使える筋肉の鑑、キング・オブ・マッスルなのです。

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