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限定的コミュニケーションによってゲーム体験は向上するか

タイトル
限定的コミュニケーションによってゲーム体験は向上するか

●はじめに
 今回「大富豪LCS」を開発するにあたってテーマとしたものが、「ゲームの対戦相手としてのコンピュータプログラムの改善」である。最終目標としては、現在人間同士でプレイされているゲームの対戦相手を代替しうることとした。
 現在はインターネット環境の拡充により音声・テキストでのチャットをリアルタイムでしながら人間同士でゲームを楽しむことも技術的に実現できているが、いくつかの問題点を抱えていると考える。

1.技術を競うタイプのゲームの場合、格差が発生しやすい
 プレイヤーの技術に合わせて、同じ程度の対戦相手をマッチングすることで一定の解決を図ることはできる。多数のユーザーが同時刻にログインしている状態であれば問題ないが、十分な数がいないと機能しない。もしかしたらすでに不足分のプレイヤーをコンピュータで(プレイヤーには知らせずに)代用しているゲームがあるかもしれないが、はっきりした情報は持ち合わせていないのでこちらは考えないことにする。

2.人間同士のトラブルが発生しやすい
 インターネット上とはいえ生身の人間があつまれば喧嘩やいじめその他のトラブルが発生するのは避けられないと見るべきだろう。個人情報が取得されていればより直接的な手段でいやがらせを行うことも可能で、人命にかかわるケースもある。

3.インターネットを使用した交流に抵抗のある人間には不向き
 このような書き方をするとテクノロジーに疎い高齢者等を思い浮かべるかもしれないが、ここで想定するのはインターネットは使用できるが、ネット上で人間とのコミュニケーションを好まない志向としている。過去にトラブルがあった等が考えられる。

以上の点から、今後人間同士のオンライン対戦の環境がさらに向上しても、コンピュータによるゲームの対戦相手は一定の需要が見込まれる。
しかし現在の技術水準(主にディープラーニング)で人間の代役をさせるのは非常に困難であり、莫大なコストがかかる。そこで本案件では、人間同士のゲームの要点を絞り込み、低コストかつ高機能な対戦相手プログラムの作成を試みることとした。

●作成したゲームの概要
 大富豪LCSはいわゆるトランプゲームの大富豪に、雑談機能をつけたものである。友人同士が集まって、にぎやかに遊んでいる様子を疑似体験させる。
 ただし前述のとおり、人間と違和感のない雑談を行うというのは非常に難易度が高い。そこで無理に人間に近づけるのではなく、人間以外の動物を参考にした。特にヨウムは人間の言葉を覚えてかなり正確にコミュニケーションできることが証明されている[1]。動物とのコミュニケーションは人間同士のそれと比べて手段が非常に限られてくるが、それでもなんらかのリアクションが帰ってくることで「コミュニケーションできた」という実感が得られる。ここから、重要なのは手段の豊富さよりも適切なリアクションであるという仮説が立てられる。
 しかし一方で、人間は同じ挙動の繰り返しに敏感である。まったく同じ文字列が何度も(2回でも)連続すれば、人間にはそれがただのボイスレコーダーであることが認識され、コミュニケーションの相手にはなりえないだろう。
 以上のことを踏まえて考案したのが絵にセリフがついた「ラベル」でコミュニケーションするラベルチャットシステムである。インターネットのやり取りで行われている、漫画のコマを自身の発言として利用する手法である。LINEのスタンプもその類と見てよいだろう。ただし、プレイヤーもコンピュータも新規で文字列を打ち込むことはなく、用意されたラベルを表示させるだけである。文字列だけでもシステムは実現可能であるが、あえて絵入りのラベルにしたのは「表情」の要素を付与するためだ。表情の有無は、コミュニケーションの効果に雲泥の差をもたらすであろうことは疑いない。可能であれば音声にして感情表現もつけられれば文句なしであろうが、それについては自然言語の文字列チャットよりさらに難易度が高いだろう。
 
●ラベルチャットシステムについて
 プレイヤー及びコンピュータはラベルをやり取りすることでコミュニケーションをとる。ラベルにはパラメータが設定されており、コンピュータキャラはプレイヤーが出したラベルのパラメータを手掛かりに妥当な内容と思われるラベルを場に出すリアクションを行う。例えば、不利な状況で困っているラベルを置くと、揶揄するようなラベルで返すという挙動をとる。この行動はキャラクターごとの状態や個性があるので、同じラベルでも毎回同じ反応が返ってくることが少なくなっている。
ラベルには喜怒哀楽など18項目のパラメータを設定した。例えば、以下のラベル(図1)は不安130、怒り90というように、基本値を100として相対的な違いを表している。

図1 ラベルのサンプル


このようにラベルに事前にパラメータを設定して選択させる方式にすれば、コンピュータ側もプレイヤーが伝えたい「意味」を正確に把握できる。これを自然言語でやろうとするとどうなるか想像するに恐ろしい。
 また、同じ18項目のパラメータを対戦相手のコンピュータキャラにも設定する。こちらのパラメータはキャラクターがパラメータを解釈するときの「バイアス」として使用する。これは人間の思考が様々なバイアスに影響される[2]というものを応用したもので、怒りのパラメータが130であれば、ラベルのパラメータ90を130%に増幅させる。このバイアスが、いわゆる個性としての役割になる。同じラベルに対しても怒りやすかったり、弱気な反応を示したりするようになっている。

 プレイヤーへのリアクション以外に、大富豪ゲーム本体の状況に対してのリアクションも行う。量的には、こちらが多数となると思われる。場に出されたカードに対し、自分が不利になるなら困ったリアクションを、逆に有利な状況なら喜ぶリアクションをとる。これはラベルを場に置くのと同じ形のデータをキャラクターに送ることで実現している。

●ゲーム公開後の反応をデータ採取
 ゲームでは、以下のようなデータを用意し採取した。
・ユーザーの初回ログイン時刻+乱数
 個々のプレイヤーを区別するための目印、Cookieを使用
・プレイしたゲームモード
 ラベルチャットの使用はプレイヤーが選択できるようにしたため、ラベルチャットの使用・不使用を区別するもの
・タイムスタンプ
 プレイを時系列に分析するための指標
・プレイヤーがラベルを場に置いた回数
 プレイヤーがどれだけ積極的にチャットに関与したか

結果は以下のようになった。

ユニークユーザー数:47人
ラベルチャットを使用した人数:15人
ラベルチャットが使用された回数:69回
一人当たりのラベルチャット使用回数:4.6回

ただし、特定のユーザーが計45回とかなり回数が多いため、このユーザーを除いた14人で平均すると1.7回であった。
この結果からは、一部興味を持ってくれた人はいるものの、基本的には試しにやってみたがそれ以上は継続する気になれなかったという人が多かったということと思われる。ゲーム本体も改善点を上げればきりがないほど荒いものとの認識はある。そもそもの絶対数が少ないので、一部の人間というのも具体的な割合を出すには不十分だ。

●自分でプレイしてみてどうだったか
 ラベルの目新しさを感じられないので作者自身がプレイしてもあまり参考にならないと考えるが、ある程度見慣れてくるとさして気にならなくなってくると感じた。これはゲームに集中しようとすると当然のことで、視野は手元のカードに狭められてくる。自分が発信する際も、ゲームをしながらラベルを選択するのは煩わしい。であれば、ブレイクタイムが入るようなシステムのものであれば、ラベルチャットでも有用ではないか。あるいはもっとテンポの遅いタイプのゲームであればよいかもしれない。

●終わりに
 仮説の検証にはデータ不十分であり、ゲーム本体の改善の余地も当然大きい。バージョンアップするか、まったく異なる形で再作成はする予定であるがまだまとまった案とはなっていない。本文を最後まで読んでいただいた奇特な方には、よければゲームをプレイしてもらいご意見をいただければ幸いである。

ゲームURL:
http://mogera.jp/gameplay?gid=gm0000003713

参考文献
[1] アイリーン・M・ペパーバーグ 著「アレックスと私」P283
[2] 市川伸一 編「分析心理学4 思考」P21

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